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第百四十二話 アイドル計画:最優先

 病室の空気は、静かすぎて腹が立つ。


 義弘は眠っている。膝の固定具が布団の端を押し上げ、呼吸だけが規則正しい。

 規則正しいものがここにあると、逆に世界の不規則が目立つ。


 無茶をし過ぎた。

 アリスを救い、街を救い、折原も救った。一人の男としては、充分すぎるほどの所業だ。

 だから今、倒れて眠っている。


 アリスは椅子に座り、腕を組んだ。

 NECROテックが低調なせいで、いつもの「見える」「裂ける」「押し戻せる」感触がない。

 ハックが使えないのは、武器を取り上げられたというより――舌を縛られたみたいで、むかつく。


 その瞬間、廊下がざわついた。


 靴音が増える。紙束が擦れる。

 “正しい人たち”が来る音だ。


 ドアがノックもなしに開いた。


「OCM・保全技術課。緊急対応。作業、入ります」


 白い作業服。無表情。名札だけが動いている。

 後ろには工具箱と、やたら丁寧に封緘された書類ファイル。

 病院というより、手順の役所が歩いてきたみたいだった。


 アリスは立ち上がりもせず、目だけで刺す。


「病院だよ。……“入ります”じゃなくて、まず謝れ」


「命令です」


「命令? へえ。じゃあ次は何。ここで銃でも出す?

悪いとか良いとか、どうでもいい。銃が出てくるのが最悪」


 先頭の男が、一拍だけ黙った。

 黙ったのに退かない。退かないことが札だ。


「患者保護の観点から、同伴装置の修理を優先します。――シュヴァロフを」


 アリスの脳裏に、シュヴァロフの台所が浮かぶ。

 掃除。鍋。洗濯。

 家の形を保っていた腕だ。


 そして今、その腕は動かない。

 頭と腕と胴だけ。歩けない。抱きしめるだけ。


 病室の隅で、シュヴァロフがゆっくり手を上げた。

 ドアの前に、手のひらが静かに出る。――「入るな」と言う代わりに。


「シュヴァロフ。あなたは設備です。人の意思を代行する権限はありません」


 アリスは笑った。嘲笑だ。目は笑ってない。


「設備? じゃあお前も設備だろ。

“人の顔した手順”って、だいたいそう」


 シュヴァロフの指が、ほんの少しだけ震えた。

 アリスはその震えを見て、短く言う。


「いい。守れ。……私が言う」


 保全班はシュヴァロフの手を、避けた。押しのけない。

 押しのけないで、別のルートを作る。

 人を傷つけずに侵入するのが、こいつらのやり口だ。


 その時、壁のスピーカーが「ピッ」と鳴った。


 院内放送のふりをした、外部入力。


『――OCM広報。オスカー・ラインハルトです』


 アリスは天井を見上げた。


「……出た。首なし馬の上司」


 保全班が一斉に動きを止める。

 現場の人間は、上の声が鳴ると止まる。止まるよう作られてる。


『状況は把握している。義弘市長の容態は安定。よって次は――“公式運用”の安定だ』


 アリスは低く吐き捨てる。


「だからムカつくんだよ」


『新開市の観光指定都市化、“サムライ・ウィーク”の公式運用にあたり、我々は最大の懸念を抱えている』


 声は丁寧だ。

 丁寧で、冷たい。


『――アリス。君の健康状態だ』


「ジジイの健康じゃないのかよ」


 アリスの胸の奥が、嫌な形で鳴った。

 心配じゃない。包囲だ。


『命令だ。君は、アイドルになる』


 数秒、病室の音が消えた。


 義弘の寝息だけが聞こえる。

 その寝息が、アリスの暴言のブレーキになった。


 でも、ブレーキが壊れかけてる日もある。


 アリスは、静かに言った。


「死ね」


 保全班の誰かが、息を止めた。

 看護師が通りかかって、ドアの影で固まった。


 スピーカーが一拍置いた。


『条件は聞く』


「条件? いいよ。簡単。

病院に列を近づけるな。

“善意”も“映え”も全部。ここに来たら、私が潰す」


『君のドローン整備許可は出す。シュヴァロフの工程も優先に載せる』


「飴出すの早すぎ。

……私を甘く見るな。所属しない。私は私のドローンと街を守る」


『拒否すれば、病院が“映えの中心”になる』


 アリスの目が、一瞬だけ揺れた。

 揺れたことが腹立たしい。だから、言葉はもっと鋭くなる。


「脅しが下手。

私が一番嫌いなのは、“人質を丁寧語で包む”やつ」


『――“アイドル計画”は、既に社内で進行している。熱心な社員たちがな』


 病室の入口が再び開いた。


 今度は、四人の少女――いや、少女じゃない。

 “商品になれる年齢”の、きれいな四人。

 衣装はまだ私服に見えるが、髪とメイクと立ち方が既にステージだ。


 保全班の男が淡々と紹介する。


「OCM推薦。アイドルユニット候補――四名」


 四人は整列し、深く頭を下げた。

 礼儀が完璧すぎて、逆に怖い。



OCM推薦・人間アイドル4人 (プロフィール)


1) 綾瀬 ひかり(あやせ・ひかり)


20歳/元・地方局の情報番組リポーター、現在OCM広報の契約タレント


明るい声、瞬時に“安心”を演出できる。炎上耐性が高い


癖:緊張すると笑いながら早口になる



2) 久世 玲奈 (くぜ・れいな)


22歳/元・舞台女優、OCMの研修コンテンツ出演でバズり採用


動きが綺麗で、フォームが“正しい”のに威圧感がある


癖:言葉を短く切って、相手を追い詰める(本人は無自覚)



3) 水無月 みのり(みなづき・みのり)


19歳/AR会社のモデル兼インフルエンサー、運営導線に詳しい


“列”の空気を読むのが異様に上手い。誘導が自然


癖:数字を見ると目が輝く。視聴維持率を口にする



4) 三枝 つばさ(さえぐさ・つばさ)


21歳/元・医療系専門チャンネルのMC、健康・治安の言語化が得意


「善意」を盾にして攻められる。正論が早い


癖:心配の顔で断定する(断定が一番刺さる)



 四人の存在が、病室を一気に“会議室”に変えた。


 アリスは椅子から立ち上がり、四人を見た。


「……お前ら、悪くない。

でも今は邪魔」


 ひかりが笑う。笑顔が、広告の角度だ。


「邪魔じゃないよ。アリスちゃんを守るため――」


「“ちゃん”やめろ。

私は商品じゃない。……いや、もう商品か。最悪」


 玲奈が一歩前に出る。目が舞台のそれだ。


「あなたが嫌がっても、世間はあなたを必要とする。

なら、あなたの意思で“型”を取るべき」


 アリスは鼻で笑った。


「型? 私の型はドローンだよ。人間の型じゃない」


 みのりが口を開き、さらっと言う。


「列、動かせます。病院から遠ざける導線、作れます。

でも“推し”が中心にいないと、列はすぐ別の中心を見つけます」


 アリスの背骨が冷えた。

 こいつ、分かってる。分かってて言ってる。


 つばさが、心配の顔で断定した。


「あなたが戦場に立つのは、健康上“要配慮”です。

あなたは回復して、象徴として立つべき」


 アリスの口が、勝手に動く。


「……死ね(二回目)」


 保全班が「記録」しようとして手を止めた。

 止めたのは、きっと“社内に残すと面倒”だからだ。


 スピーカーの声が、柔らかくなる。


『アリス。君の嫌悪は理解している。だが、今の新開市は“公式”に飢えている。

そして我々は――NECROテックを、闇のままにしない』


 アリスは黙った。

 その一言だけは、嘘じゃないと分かる。分かるからムカつく。


『NECROテックエージェントを、正当な社員として社会に通す。

君はその先頭に立てる。――“戦闘”ではなく、“導線”で』


「導線で人を守る?

……ふざけんな。守れるのは、守れる奴が殴った時だけだろ」


 アリスが義弘の方を見た。

 寝息。まだ眠ってる。


 そして、シュヴァロフが毛布の端を整える。

 その手つきが、アリスの意思を代行しているみたいで――胸が詰まった。


 アリスは一歩だけ近づき、低く言う。


「……ごめん。

私が折れるの、気持ち悪いよね」


 シュヴァロフは答えない。答えないまま、手を置く。

 その沈黙が、家族の形だ。


 アリスは歯を食いしばる。


「でも折れてない。

折れたふり。次の札、私が切る」


 スピーカーが淡々と言う。


『決定だ。ユニット名は後で決める。

編成は、アリスを中核。人員四名。加えて――君のドローンを“相棒”として表に出す』


 保全班が工具箱を開いた。

 金属音が、病室で一番“生きた音”だった。


「シュヴァロフ緊急修理。家事動作の復旧を優先。次いで演出動作」


 アリスが唸る。


「家事が先なの、好き。

……でも演出って言うな。殺す」


 廊下の向こうで、さらに重い台車の音がした。

 カバーをかけられた二つの機影。


 アリスの胸が沈む。


 コロボチェニィクとグリンフォン――

 アリスが戦力提供を迫られて、渡した“借り物”たち。


 カバーがめくられる。

 装甲が、テカテカだ。


 刻印。ロゴ。スローガン。

 笑えるくらい、全面に“公式”が貼られている。


 アリスは一拍置いて、吐き捨てた。


「……私の子に、落書きすんな」


 ひかりが、困ったように笑う。


「でも、かわいいよ? “正義”って書いてあるし」


「正義は書くもんじゃない。

正義は、やった奴が後で殴られるもんだ」


 玲奈が静かに言った。


「あなたの言葉は危険。でも――今の新開市には必要かもしれない」


 みのりが、小さくメモを取る。


「強い言葉、刺さります。短尺向き」


 つばさが、心配の顔で断定する。


「炎上対策は私が――」


「いらない。炎上は私の飯。

……でも病院は守れ。そこだけは、死んでも守れ」


 つばさは黙って頷いた。

 頷き方が、もう“運営”のそれだ。


 スピーカーの声が、最後に釘を打つ。


『アリス。君の笑顔は武器になる。

君の毒は――もっと強い武器になる』


 アリスは深呼吸し、笑顔の型を作った。

 吐き気がする。


 両頬に人差し指を当てる。

 自分の顔が、別の人の顔になる。


「……ほら。どう? “公式”が大好きな顔」


 笑っているのに、声が冷える。


「でも勘違いすんな。

私がやるのはアイドルじゃない。戦闘の延期だ」


 四人が、息を呑んだ。

 怖がったんじゃない。――“本物”を見た顔だ。


 アリスは義弘の寝息を聞く。

 シュヴァロフの手を見て、もう一度だけ口を開く。


「義弘。寝てろ。

私が代わりに、全部ムカついてやる」


 病室の外で、紙が回る音がした。

 承認。回付。既成事実。


 ――“アイドル計画:最優先”。


 札は、今日も正しい顔で増殖していく。


 そしてアリスは、心底嫌そうに笑った。


「……死ね(三回目)。

でも、やる」

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