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第十三話 回収

朝から世界がうるさかった。

義弘の端末に流れ込む文字は、雨ではなく釘だった。


――老害。

――独断。

――危険人物。

――PRISMかわいそう。

――また津田が台無しにした。

――スポンサーに謝れ。


切り抜きは最短だった。

白飛びした画面、反射、そして義弘の声の一部だけ。


「……物語じゃない」


その前後は切られ、“乱した”だけが残る。

残って燃える。燃えて固定される。


PRISM士道とスポンサー連名の声明も、同じ温度で流れていた。


「再発防止のため、運用を見直す。

今後、同担作戦において独断行動を禁ずる。

本件の混乱は津田義弘氏の判断に起因する」


冷たい。整っている。

責任の置き方も、言葉の運びも、すべて“処理”の文章。


義弘は端末を伏せた。

伏せても音が聞こえる気がした。

炎上は目を閉じても燃える。


トミーが机の上で脚を鳴らした。


「なあジジイ。これ、ただの悪口じゃないぞ。檻だ」


義弘は低く返した。


「分かってる」


炎上は拘束だ。

何をしても“独断”として編集される。

動けば“暴走”。黙れば“反省なし”。

どちらでも物語が完成する。


だからこそ――義弘は「完成させない」動き方を選ぶ。


「……撮影=戦場」


呟いた瞬間、ドアがノックされた。


入ってきたのはPRISM士道の隊員だった。

ただし、昨日リーダーと一緒にステージへ上がっていなかった顔。

現場で救助していた若い目だ。


二人。

一人は頬に薄い擦り傷、もう一人は左腕の装甲が剥げている。

どちらも“撮られていない”疲れ方をしていた。


「津田さん」


名を呼ぶ声音が、スポンサーの匂いじゃない。


「……来るなら守る方へ来い」


昨日の言葉を、義弘は心の中でもう一度なぞった。


若い隊員が唇を噛み、言った。


「回収班が動いてます。……GHOSTを取りに行った」


もう一人が続ける。


「会場の導線、切り替わりました。“安全に見える道”に誘導してます。捕獲用です」


義弘は一拍だけ目を閉じた。

予想していた。予想していたから、怒りより先に手順が出る。


「場所は」


「外縁。昨日のイベント会場の周辺、裏手の仮設区画。

都市システムが照明とゲートを――」


「分かった」


隊員たちが息を飲む。

義弘が“動く”ことが何を意味するか、彼らも分かっている。


炎上している津田義弘が動けば、そこが新しい燃料になる。

撮られれば、また「独断」になる。


義弘は淡々と立ち上がった。


「俺が前に出る。お前らは、守る導線を作れ」


「……え?」


「市民と、逃げる子どもと、撤収する影のための導線だ。

画じゃない。人だ」


若い隊員の目が揺れた。

その揺れは、怖さじゃない。

誇りが戻る揺れだ。


トミーが肩に飛び乗った。


「ほらな。おまえ、また面倒に首突っ込む」


義弘は言った。


「大人だからな」


外縁の街は、夜より明るく、昼より冷たかった。

照明が“安全”を演出する色に変わっている。

誘導灯が、やさしい矢印で人を導く。

矢印が優しいほど、檻は残酷だ。


義弘のバイザーが、都市情報を拾う。


――《ゲート:開》

――《ゲート:閉》

――《歩行誘導:推奨》

――《安全区域:こちら》


安全区域。

安全を名乗る場所ほど、危険だ。


義弘はわざと明るい通りへ出た。

テカテカのスーツがライトを返し、彼の輪郭は夜に刺さる。


案の定、空の撮影ドローンが寄ってきた。

視線が集まる。

炎上の矢面に立つことが、囮になる。


トミーが小さく笑う。


「最悪だな。炎上を武器にする大人」


義弘は返した。


「最悪が役に立つなら、使う」


反射を少しだけ角度調整する。

光が、ドローンのセンサーに刺さる。

白飛び。ピントが逃げる。

追跡が乱れる。


その間に、若い隊員たちが裏手の導線を作る。

誘導灯を逆にし、柵の位置をずらし、人波の隙間を広げる。

現場班の技能は、こういうときに真価を出す。


義弘はその裏の動きを見ない。

見れば視線がそっちへ行く。

囮は、最後まで囮でいなければならない。


同じ頃。

暗い仮設区画で、アリスは呼吸を殺していた。


フードの影の奥で、目だけが光る。

その周囲には黒い影――シュヴァロフ。

双子――トウィードルダムとトウィードルディーが、無言で足場とルートを整える。

グリンフォンは上空で礼儀正しく旋回し、都市の視線を散らす。


アリスの足元には、LC残骸が並んでいた。

割れた盾、焦げたリール、欠けたレンズ。

本来なら嫌悪の象徴でしかないはずのもの。


でも、動いている。

動かせば、守れる。

守れれば、帰れる。


「……べつに」


アリスは小さく言った。

誰に言うでもなく。自分に言う。


「こんなの、好きじゃない」


好きじゃないと言いながら、指先は残骸の破片を布の上に寝かせていた。

丁寧に。丁寧すぎるほどに。


回収班が近い。

足音が揃っている。

人間の足音じゃない。

装備と訓練の足音。


回収班がバスティオンの盾の欠片を蹴った。

「ガン」と乾いた音。

その音が、アリスの胸を刺した。


刺したのに、顔は動かさない。

動かすと“泣く悪”の物語が完成する。

完成したら、殺される。


アリスは平然と吐き捨てた。


「……雑」


回収班の男が笑う気配だけを見せた。


「資産だ。壊れたら交換する」


その言葉が、いちばん嫌いだった。


資産。交換。

機械を“モノ”として扱う言葉。

アリスは機械がモノだと知っている。

知っているのに、モノとして壊され方が雑だと腹が立つ。


理屈じゃない。


双子が無言で破片を拾い、布に寝かせる。

シュヴァロフが影で隠す。

グリンフォンが上空で目を散らし続ける。


アリスの翼UIに冷たいタグが刺さった。


――《資産回収》

――《対象:NECRO(GHOST)》

――《対象:LC残骸》


首輪が締まる。

締まった分だけ、胸が痛い。


アリスは小さく舌打ちした。


「……来た」


回収班の隊列が、光の中に滑り込む。

ライトが彼らの影を薄くし、監視が“見やすい”色に変わる。


その時、アリスの首輪回線に、別の単語が一瞬だけ刺さった。


――《LC-07》

――《Arbalest》

――《待機解除》


アリスの喉がひゅっと鳴った。

アーバレスト。

あの四脚の圧。武器ラック。

義弘と殴り合った“怪物”。


「……は?」


呟いた瞬間、シュヴァロフが影を濃くした。

“恐怖”が漏れないように。


回収班の誰かが、淡々と通信する。


「――投入」


アリスは身構えた。

双子が退路を示す。

グリンフォンが上空で旋回を早める。


そして、現れた影は。


逆光の中、四脚の輪郭。

重い。だが、どこか“肉体”のようにしなる。


アリスは目を細めた。


違う。

アーバレストじゃない。


銃口より先に見えたのは――掴む輪郭だった。


蠍の尾のように弧を描く拘束アーム。

厚い前腕。叩くため、引き剥がすための形。

関節が“格闘”の角度で組まれている。


誰かが恐怖で名前を漏らした。


「……LC-08。スコルピウス」


蠍。

回収のための格闘機。


アリスの背中が冷える。

この機体は“勝つ”ためじゃない。

“分断する”ためだ。

シュヴァロフとアリスを引き剥がし、双子をばらし、資産を袋に詰める。


台本破りに対する答えが、これ。


撮影映えを捨てて、確実に狩りに来た。


撤収する。

撤収するしかない。


アリスは頭では分かっていた。

分かっているのに――


回収班が、アイドロンのレンズを踏んだ。


バキ、と小さな音。

欠けたレンズがさらに砕けて、床の砂みたいに散る。


その瞬間、アリスの足が止まった。


止まったのは理屈じゃない。

反射。

好きなものが壊されるのが嫌だという、子どもの反射。


「……やめて」


声が出た。

出てしまった。


普段の毒より先に、素直な音が出た。


自分でも驚いた。

驚いて、慌てて毒で隠そうとする。


「……別に欲しいわけじゃない! 壊し方が雑でムカつくだけ!」


叫びはしない。

叫ぶと撮られる。

でも息が詰まって、言葉が震えた。


アリスはしゃがみ込む。

破片を拾う。

砂みたいな欠片まで指で集めようとする。


無駄だ。

拾っても戻らない。

戻らないのに拾う。


好きだから。

好きなものの破片を、踏まれたままにしたくないから。


シュヴァロフが一歩前に出る。

母親みたいにアリスの前に立つ。

影が濃くなる。


双子が無言で、アリスの肩を引こうとする。

撤収だと、手順で告げる。


グリンフォンが上空から鋭く旋回し、追跡ドローンの目を散らす。


だが、その“一秒”で十分だった。


スコルピウスが距離を詰める。

蠍の尾が弧を描き、拘束の影が伸びる。

掴むための関節が、滑らかに畳まれ、解かれる。


回収の機械は、子どもの“一秒”を逃さない。


アリスは顔を上げた。

影の向こうで、尾が迫っている。


「……くそ」


言葉が、子どもだ。

大人の諦めじゃない。

悔しさの言葉。


尾が伸びる。

掴む。

引き剥がす。


その瞬間――


眩しい光が、横から刺さった。


白飛び。

スコルピウスの光学が一瞬だけ迷う。


テカテカの反射。


義弘が、明るい通りから“前へ”出たのだ。


義弘は見てしまった。

暗がりで、小さな影がしゃがみ込むのを。

破片を拾う指が震えるのを。


合理的に逃げればいい。

逃げるべきだ。

逃げる手順はできている。


それでも止まった。


好きなものを守りたい――子どもの感性で。


義弘の胸の奥が、嫌な形で痛んだ。

自分が昔、守ったつもりで守れなかったもの。

家族。会社。評価。

それとは違う。

もっと単純で、もっと純粋な「好き」。


それを踏み潰す足音が近づいている。


義弘は知っている。

ここで自分が抜刀して“戦う”画を作れば、台本が完成する。

炎上も加速する。

「危険人物が暴れた」で回収は正当化される。


でも――


子どもの“一秒”は、待ってくれない。


義弘は前に出た。

剣ではなく、光で。


テカテカの装甲を角度調整し、ライトを返す。

反射がスコルピウスの視界を潰す。

潰れた一瞬だけ、尾の伸びが遅れる。


「いま動け!」


義弘の声は短い。

演出にならない声。


離反したPRISMの若い隊員が、裏手から飛び込んだ。

救助の手順で、アリスの肩を掴む。


「こっち!」


アリスは抵抗した。

破片を握ったまま。


「待って! これ――」


子どもだ。

子どもみたいに、破片を離したくない。


隊員が必死に言う。


「後で拾える! いまは――生きろ!」


その言葉が、義弘の胸に刺さった。

自分が誰にも言えなかった言葉。

言えば良かった言葉。


義弘は、さらに一歩前に出る。

囮として。盾として。


テカテカの身体がライトを返し、視線が義弘に集まる。

撮影ドローンも回収班も、“炎上の男”へ目を向ける。


トミーが肩の上で低く唸る。


「……子どものために身を擲つ大人。

絵になるぞ、ジジイ」


義弘は返した。


「絵になるな。生き残れ」


スコルピウスが視界を取り戻す。

尾が再び伸びる。

今度は義弘を狙う。

捕獲ではない。分断のための衝撃。


義弘は抜刀しない。

抜刀しない代わりに、反射と位置取りで“画の中心”をずらし続ける。


市民の導線から離れた場所へ。

カメラの角度が悪い場所へ。

物語が成立しない場所へ。


それでも、危険は危険だ。

蠍の尾が地面を叩き、衝撃が走る。

義弘の装甲が鳴る。

冷却の白い痣が疼く。


「……っ」


痛みが来る。

来るのに、義弘は退かない。


退けば、子どもが回収される。


背後で、アリスが引き剥がされる気配がした。

離反隊員たちが、彼女を抱えるように導く。

双子が無言で破片の一部を布に包み、最小限だけ持ち出す。

シュヴァロフが影でアリスを覆い、彼女の顔が撮られないようにする。


アリスは最後まで破片を握っていた。

握っているのが、子どもらしい。


そして、そんな自分が恥ずかしくて、毒で隠す。


「……テカテカが役に立つ日が来るとか、最悪」


誰に向けた言葉か分からないまま。

それが礼の代わりだ。


義弘は振り返らない。

振り返れば、そこが“名場面”になる。

名場面になれば、物語が完成する。


義弘は前だけを見る。

囮として、最後まで“前”を引き受ける。


撤収の終わり際、回収班の通信が冷たく落ちた。


「スコルピウスで収束しない場合、次段階」


別の声が続ける。


「LC-07は温存。必要時、投入」


アーバレスト。

本当の切り札は、まだ出ていない。


義弘のバイザーに、一瞬だけ文字が走った。


――《LC-07 / Arbalest / Standby》


胸の奥が冷たくなる。

だがその冷たさは、恐怖ではない。


手順になる。

次の戦場の形になる。


闇の向こうで、アリスの翼が消える気配がした。

消える直前、ほんの短い通信が落ちた。


「……ありがと、って言わない」


義弘は返さない。

返せば繋がる。繋がれば掴まれる。


代わりに、独り言で呟く。


「言わなくていい。生きろ」


スコルピウスの尾が、地面を叩いた。

乾いた音。

狩りの音。


光沢の男は、その音を背中で受けながら、まだ前に立っていた。

子どものために身を擲つ大人として。


そしてその姿こそ、スポンサーが一番嫌う“本物の絵”だった。

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