過去の自分に宛てた手紙
携帯に通知が来た。高校時代のグループチャットが久しぶりに動いた。通知の内容はタイムカプセルを掘り起こす案内だった。
そういえば高校3年生の時、みんなで将来の自分に手紙を書いて埋めたっけ。
手紙の内容は全く覚えていないが、どうせ大したことない、ありきたりな内容だろう。今幸せですかーとか、どんなことをしていますかーとか、結婚していますかーとか。内容にあまり期待はしていない。
それにしても、あれからもう10年が経ったのか。時が過ぎるのは本当に早いものだ。
みんなで最後に集まったのは、成人式で地元に帰った時だ。特に仲が良かった数人とは、その後もたまに会っていたが、僕も含め、県外に就職している人も多いため、中々会えない。歳も歳だし、結婚して家族がいればなお、連絡が取りづらくなっていた。
あの年頃の友達は僕にとって何か特別感がある。1番自然に友達を作れた気がするし、卒業した今でも繋がりが残っている。大人になるにつれ、ただ純粋に友達と呼べる関係性になるのが難しくなった。だから、久しぶりにみんなと会えるのは結構楽しみだ。
その通知にはこんなことも載っていた。
「掘り起こした後、また10年後のタイムカプセルを埋めませんか?」
10年後にまたみんなで集まる予定ができるのは大賛成だ。だが10年後の自分に何を書きたいか、少し考える。
いや……僕は未来の自分より、過去の自分に書きたいことの方が思い浮かぶ。
学生時代の僕は自分を変えたいと必死だった。周りの人と比べて、でもそう簡単には変われない自分にも落ち込んで、その繰り返しだった。当時を振り返ると、卑屈になっていた自分を包み込んであげたくなるような、何とも言い難い切ない気持ちになる。過去の自分に伝えたい想いは強くあった。
当たり前だがタイムカプセルとは未来に向けたものなわけで、過去の自分に宛てた手紙を書く人などいない。しかし、未来の自分に対して手紙を書くとすれば、きっとまたありきたりな内容になるだろう。だったら、未来の自分が掘り起こした時に、なんだこれってなるのも案外面白いかもしれない。ということにして、過去の自分に宛てた手紙を書くことにした。
でももしかしたら、土の中では不思議なことが起きて、時空を超えて…なんてことがあったら大変面白い。だから、0.000000…1%くらいの期待も込めた。
タイムカプセルを掘り起こす当日、久しぶりに地元に向かった。今住んでいるところから新幹線で3時間ほどだ。家から駅はさほど遠くはないが、いつも乗車時間にギリギリになってしまうため、今日こそは余裕を持って家を出るつもりだった。が、やはりギリギリだ。小走りで向かい、住宅地の角を曲がろうとした時、目の前に自転車が……危ない!!
接触する瞬間になんとか回避したが、よろけて転んだ。自転車に乗っていた人も転びそうになっていたが、大丈夫だったようだ。僕は慌てて家を出たせいで、カバンのチャックが全開だったことにその時気がついた。荷物が飛び出て散らばっていた。
「すみません!大丈夫ですか!!」
自転車に乗っていた人が慌ててこちらに駆け寄って来てくれた。危機一髪ぶつからずに済んだし、お互い怪我もしていなかったので「大丈夫!大丈夫です!」と言って、急いで荷物を拾って駅に向かった。
新幹線には何とか間に合った。しかし、やはり焦るのは良くない。次からは絶対余裕を持って家を出ようと誓った。時間に間に合うかヒヤヒヤしていたということもあり、一気に疲れが出てきた。ちょっと一休みをしよう。降りる駅は終点なので安心して眠りについた。
無事に集合場所に着き、みんなと合流できた。久しぶりの再会に話が盛り上がる。ワイワイした雰囲気でタイムカプセルを掘り起こした。
手紙の内容はやはり予想通りだ。ありきたりなことが書かれていた。だけど、昔の僕の字は幼くて歪で汚くて、何だか笑えてきた。みんなが書いたものを見るのも楽しかった。
最後に、また10年後に掘り起こすタイムカプセルを埋める。みんな各自で書いてきた手紙を出し始めた。僕もカバンの中を探す。しかし、あれ。見当たらない。
家に忘れた?そんなはずはない、ちゃんとカバンに入れたのを確認した。
じゃあ…今日のことを思い出す。転んだ時に落ちたんだ。急いでいたあまり、全部の荷物を拾ったかは確認していない。最悪だ。失くしてしまった。
訳を話したら手帳を持っていた友達が紙を破いて1枚くれた。しかし、過去の自分に宛てて書くことはもう諦めていた。またありきたりな文章を10年後の僕に書いて、タイムカプセルに入れた。
過去の自分に向けて書いた手紙は、結構まじめに書いたので、失くしたのはショックだった。でも、過去に手紙を届けたいなんて、不可能でアホらしい望みだからやめておけという、神様からのお告げだったのかもしれないとも思い、忘れることにした。
学校の帰り道、僕の家の前に手紙が落ちているのを見つけた。誰かが落としたんだろう。住所とかが書いてあるなら、ポストに入れておけば、届けたかった人に届けられそうだが、封筒には何も書いていない。中を見るのは良くないと分かっていたが、僕の家の玄関に向かって落ちていた、というか置かれている感じがした。中を見たいという願望の、都合の良い解釈だったかもしれない。しかし、家族の誰かに宛てたものかもしれない、と思うことにして、家に入って開けてみることにした。
学生時代の僕へ
きっと今の僕は、「変わらなきゃ」と毎日必死だろう。
自分が出せなくて、周りの人と馴染むのは簡単ではなくて、でもみんなは上手に生きていて、そんな風に自分も振る舞えるようにならなきゃと必死だろう。
僕はずっと…普通でいることが正しくて、正しいことが正義だと思っていたんだ。
この世はそういう世界だと、子供ながらに思っていた。
だからいつも様子を伺っている。それが癖になって染み付いている。
でもいつからか、はみ出している部分は個性と呼ばれ、正解よりもみんなと違う考え方が面白いと取り上げられるようになった。
その変化に戸惑った。
わざと押し殺していた部分、急に解放しろと言われてもできるわけがない。
だから君はまた、変わろう従おうともがく。苦しいよな。
でもね。
僕は徐々に、徐々に、案外このままの僕で良いかもと思えるようになる。
なったんだ。
変わることに諦めがついたからなのかもしれない。だけど、今は息がしやすい。
前より自分を愛せている。周りと比べることもあるけれど、これが自分だしな、と思うことが習慣になった。
ありのままでいながら楽しめていると思う。
流行りの性格診断とかなんとかで、生きづらい性格だとカテゴライズされるが、そんなことは知ったこっちゃない。今の僕はこのキャラクターで、今後変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
それは平等にみんなも同じだ。何が1番幸せなのかなんて他人の軸では測れない。
今の自分が幸せになることを考えていれば良い。だから、変わる必要なんてないんだ。
今の君に僕の言葉は届かないかもしれない、気休めにもならないかもしれない。
でも、そのままの君を、抱きしめてあげたいと愛している僕がいるということを、どうか忘れないでほしい。
君は君のままでいて輝ける。
君よりちょっぴり大人な、将来の僕より
手紙を読み終えたとき、涙がこぼれていたことに気がついた。
これは未来の僕が、今の僕に届けてくれたもの?いや、さすがに都合の良い解釈過ぎるだろうか。だけど、今の僕に向けて書いてくれたんだと思わずにはいられなかった。他人と比べて、変わらなきゃと精一杯の僕は、将来、このままの僕で良いと思えるようになっているのか。将来の僕がありのままの今の僕を包み込んで、全てを肯定してくれているような気がした。胸が締め付けられて、また涙が流れる。
僕が努力するべきは、僕自身のキャラクターを変えるのではなく、自分自身を愛すことなのではないだろうか。感情が大きく揺さぶられた。
しばらくの時間が経過して、僕は心を落ち付かせてから、手紙の事について考え始めた。
過去に手紙は送れない。じゃあこの手紙は誰が、何の目的で書いたんだろう。それを考えれば考えるほど、都合の良い解釈になるし、あり得ない出来事が脳裏をチラつく。取りあえずは、持ち主を探そうという結論に至った。
封筒の写真を撮り、中を見てしまった謝罪文と感謝の言葉を添えて、「拡散希望!持ち主を探しています」とSNSにアップした。
仕事から帰宅し、夕飯を食べ、ゆっくり湯船に浸かり、疲れをとってから寝る支度をする。歯を磨きながら、いつも通りSNSを開いた。
流れてきた「拡散希望!持ち主を探しています」という文字と、見覚えのある封筒を見て目を疑った。数ヶ月前に僕が落とした、過去の自分に宛てた手紙だった。
急いで歯を磨き終え、ベットに座り、ドキドキしている心臓を落ち着かせてから、じっくり投稿文を読んだ。
「この手紙の持ち主を探しています。家の前に落ちているのを拾い、封筒に何も書かれていなかったので、中を見てしましました。勝手に見てすみません。この手紙がどういう目的で書かれたのかは分かりませんが、あなたの言葉に涙が出るほど励まされました。僕のために書いてくれたのではないかと思ってしまうほど、今の僕の感情そのものだったからです。こんなことをたまたま拾った僕が言うのは変ですが、この手紙を書いてくださってありがとうございます。僕は僕のままで幸せなることに一生懸命向き合っていこうと思いました。この手紙は、届くべきはずだった人に届いて欲しいし、落とされた方に返却したいです。」そう綴られていた。
僕は涙が出そうになった。この少年に拾われて良かったと、強く思った。届いたのは過去の自分ではなかったが、思いもよらない展開で誰かのためになれたことが嬉しかった。この手紙を書いて本当に良かった。
この少年は僕に返却したいと言ってくれているが、僕だと名乗り出ることはしないでおこう。この手紙はこの少年に届く定めだったのだと思う。僕は過去の自分の苦しみを減らしたくて、変えてあげたくて、この手紙を届けようとしていたのだろう。だけど、過去の自分があるから今の自分がいる。誰かのためになるのなら、過去の自分をも抱えて生きていくのも悪くないと思った。




