004 記憶の欠片
ティオルの瞳が白黒に染まりきった瞬間、空気がひやりと震えた。
「……許さない」
その声と同時に、
ティオルの姿が“消えた”。
違う。
姿が見えなくなったんじゃない――速すぎて視界が追えていない。
次の瞬間、ノクティア兵の首元に赤い線が走った。
兵が気づくより早く、血が噴き出す。
また一閃。
剣が胸を貫いた痕だけを残し、ティオルの姿はどこにもない。
ティオルはいつ剣を手にしたんだ??
俺の意識に届くのは、
“風が弾けるような音”だけだった。
ビュンッ、ビュンッ。
耳の横を、何度も空気の柱が擦り抜ける。
(……くそ、見えない……!)
俺の目には、ティオルだけが異常な速さで跳ね回っているように映った。
世界が遅くなっているわけじゃない。
むしろ俺の視界だけが追いつけず、残像すら掴めない。
ノクティア兵が次々と倒れていく。
倒れる音の方が、ティオルの攻撃より遅く聞こえるほどだった。
そのとき――
空間が裂けた。
黒髪の女性が手を上げ、
残ったノクティア兵たちが次々と亀裂へと吸い込まれていく。
“撤退”だった。
だが、ティオルは止まらない。
白黒の瞳の中で、時計の針のような模様が激しく回転している。
胸の鼓動が早まり、ティオルの体が薄い光を帯び始める。
「……まだ……終わってない……!
終わらせてなるものか……!」
ティオルの周囲で小石が跳ね、足場が抉れた。
単純に速いだけではない。
時間を短く“切り取る”ように動いている。
「ティオル!!」
俺は必死に叫ぶ。
足が重い。
ティオルの速度に対して、俺の動きがまるで泥の中だ。
「もう敵はいない! ティオル!戻ってこい!」
だがティオルの瞳は俺を見ていない。
焦点がどこにも定まらない。
過去か、記憶の奥を見ているような――そんな表情。
ティオルが急に立ち止まった。
「……アウレ……リ……ア……?」
小さく、まるで別人の声色で、その名を落とした。
誰だ?
その名前を、俺は知らない。
ティオルの体が突然ピタリと硬直した。
高速で動いていた彼が、急に電源が落ちたように止まる。
「……母さん……」
その小さな呟きとともに――
ティオルのまぶたがゆっくりと閉じた。
白黒の歯車が回転していた瞳も、
まぶたの裏側へと隠れて、ようやく光が落ち着く。
ティオルは糸が切れたように崩れ落ち、膝をついた。
「ティオル!!」
駆け寄ろうとしたが――
急激な疲労が押し寄せ、俺の足も折れた。
視界が揺れ、地面に倒れこむ。
耳に残るのは、
ティオルのすすり泣く声。
焦げた村の匂い。
まだ消えない炎の音。
そして、頭の奥に残るたった一つの違和感。
アウレリア――
ティオルが、呼んだ名前。
誰なんだ……?
意識が暗闇に溶けていき、
最後に見たのは、燃える夕空とティオルの震える背中だけだった。
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