027 世界樹の記憶
フィオランの家は、世界樹の幹から少し離れた枝の上に建っていた。
木造の家で、団長という地位の割には意外と小さく、質素だった。
玄関を入ると、すぐに狭い居間と台所があり、奥に二つの扉が見える。
「客間はあっちだ」
フィオランが顎で示した先の扉を開けると、そこは本当に小さな部屋だった。
壁際に布団が一枚敷かれているだけで、窓も小さく、ほとんどが木の板で覆われている。
まるで監房のようだ。
「ここで寝ろ。明日の朝まで、勝手に動くな」
俺は素直に頷き、布団に腰を下ろした。
部屋を出ていこうとするフィオランの背中に、俺は声をかけた。
「なあ、フィオラン」
彼は振り返り、鋭い目を向ける。
「なんだ」
「お前は、何のイデアなんだ?」
フィオランは一瞬、眉を寄せた。
そして、冷たく吐き捨てるように言った。
「貴様に……言うわけないだろう」
そのまま扉を閉め、足音が遠ざかっていく。
俺は肩をすくめた。
まあ、当然か。
体は疲れていた。
化身との戦い、投獄、解放、そしてこの国への移動。
一気に緊張が解けたせいか、布団に横になると、すぐに意識が落ちた。
――翌朝。
目が覚めると、フィオランの姿はなかった。
部屋の外から、朝の光が差し込んでいる。
監視されているのか、それとも信用されているのか。
わからないが、俺は怪しい行動を取るつもりなど、最初からなかった。
部屋を出て、家の中を覗いてみたが、誰もいない。
玄関の扉を開け、外に出た。
世界樹の光が、淡く降り注いでいる。
木の橋を渡るエルフたちが、俺を見ると一瞬、足を止めた。
珍しいものを見るような、警戒と好奇の入り混じった視線。
当然だ。人間がここにいること自体が、異常なのだろう。
行くあてもなかったので、昨日通った道を戻り、エルフィナとシルフの家に向かった。
家の前に着くと、ちょうど扉が開き、シルフが出てきた。
「あ、おにいさん!」
彼女は目を輝かせて駆け寄ってくる。
続いてエルフィナも顔を出し、慌てて頭を下げた。
「アニスさん……本当に、昨日はすみませんでした。
助けていただいたのに、こんな目に遭わせてしまって……」
「何も問題ないよ。気にするな」
俺は笑って手を振った。本気で怒ってなどいない。
「それより、お願いがあるんだけど」
「はい?」
「この国を、案内してくれないか?」
エルフィナは少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「もちろんです。私でよければ」
シルフは少し残念そうに言った。
「私、学校があるから……行ってきますね、おにいさん!」
「気をつけてな」
シルフが軽やかに橋を渡っていくのを見送り、俺たちは二人で歩き始めた。
エルフィナは丁寧に、この国のあちこちを説明してくれた。
木の実を搾って作る飲み物、枝を編んで作る楽器、世界樹の葉で織った服。
どれも、人間の国では見たことのないものばかりだった。
やがて、彼女は大きな木の建物――図書館のような場所の前に立った。
「ここには、エルフの歴史を伝える部屋があります。地下へ降りてください」
階段を下りると、そこは広大な空間だった。
壁一面に、色鮮やかな壁画が描かれている。
中央に、世界樹。
その上に天界の門、下に冥界の門。
そして、世界樹の下に立つ一人の人物。
その人物の周囲に、七人の人影が描かれている。
最後は、戦いの絵。
剣と魔法が交錯し、炎と闇が渦巻く光景。
だが、そこから先は……空白だった。
エルフィナが、静かに語り始めた。
「これは、世界の歴史を記したものです。
世界樹は、天界と冥界の祝福を受けました。
その祝福を受けた者が、愛する七人に天界の力を分け与えたのです。
けれど……その力は争いを生み、世界は分裂してしまいました」
俺は息を呑んだ。
インテリオが言っていた、あの言葉。
「ラグナロク……」
エルフィナは驚いたように俺を見る。
「ご存知だったのですか?」
「少しだけね」
俺は壁画に近づき、七人の人影をじっと見つめた。
エルフィナは少し声を落として答えた。
「この先の歴史は、まだ書き記されていません。
私たちエルフの使命は、世界樹の麓で、この歴史を見守り、記録し続けることなのです」
俺は胸の奥で、何かが強く響くのを感じた。
この歴史は、他人事ではない。
天界の力を持つ七人。
ラグナロク。
そして、世界樹。
俺の旅は、ただの冒険なんかじゃないのかもしれない。
エルフィナが、そっと俺の袖を引いた。
「アニスさん……どうかなされましたか???」
俺はゆっくりと首を振った。
「いや、何もないよ。
でも……ここにいる意味が、少しわかってきた気がするんだ」
世界樹の光が、地下の部屋にも淡く差し込んでいた。
壁画の空白の部分が、俺の行く先を静かに待っているように見えた。
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