025 世界樹
ティオルと師匠に別れを告げてから、俺はすぐに走り出した。
イデアを全身に巡らせ、赤いオーラを纏って大地を蹴る。
ドクン、ドクン、と心臓が鳴るたび、足が加速する。
別れの寂しさは、確かにあった。
ティオルの涙、師匠の温かい手。
でも、それ以上に──胸の奥が、熱くワクワクしていた。
世界を見に行く。
自分の目で、自分の足で。
記憶のない俺にとって、それがどれだけ大きな一歩か。
道中、地上に這い出していたイデアの化身に出くわすたび、剣を抜いて斬り伏せた。
小さな“貪欲”の群れも、巨岩のような“不動”の化身も、俺のイデアの前では一太刀。
血飛沫を浴びながら、俺はただ前へ、前へ。
目的地なんて、決まっていない。
だからこそ、できるだけ高い場所を目指した。
丘を越え、山を登り、視界を広げて、次の道を探す。
そして──走り続けて2日目。
遠くに、巨大な影が見えた。
とても太く、地面から空へ、雲の上にまで続いている。
「……なんだ、あれ?」
影は、動かない。
木のような、柱のような。
でも、こんな大きな木なんて、あり得るのか?
興味が、爆発的に湧いた。
胸が、高鳴る。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
「あそこに行きたい」
そう思った瞬間、俺の足はすでに走り出していた。
方向を変え、まっすぐにその影へ。
近づくにつれ、影の正体がわかってきた。
巨大な木だ。
根元から天を突き、雲を貫く、世界を支えるような大樹。
世界樹──そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。
あそこに、一体何がある?
どんな景色が待っている?
どんな人たちがいる?
想像するだけで、息が上がる。
さらに近づくと、驚くべき光景が広がっていた。
世界樹の根元を、巨大な木の壁が囲んでいる。
壁は円形に続き、高さは数百メートルはあるだろう。
遠くから見た、雲を突き抜ける木は、この壁の中心から生えているのだ。
壁の中が、国なのか?
街なのか?
入り口を探すが、見当たらない。
門も、階段も、何もない。
「……イデアで登るしかねぇか?」
そう考え、壁に手をかけようとした瞬間──
「キャー!」
近くから、女の子の叫び声が聞こえた。
俺は即座に剣を抜き、声の方向へ駆けた。
森の陰に、二人の女性がいた。
金髪の長い髪、華奢な体。
イデアの化身──狼のような“貪欲”の群れに、追い詰められている。
俺は迷わずイデアを解放。
赤いオーラが爆発し、地面を蹴る。
「うおおおお!!」
一閃。
化身の群れが、血飛沫と共に散った。
残りの化身も、次々と斬り伏せる。
わずか数秒で、すべて片付いた。
息を吐き、剣を収めて、二人の方に目を向ける。
怯えた表情で、俺を見上げている。
姉妹だろうか。
二人とも、金色の長い髪。
そして──耳が、長かった。
尖って、上に伸びている。
「……可愛い」
思わず、口から出た。
初めて感じる感情だった。
心が、どきりと鳴る。
二人が、ほっと息を吐いて立ち上がる。
年上のほうが、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます! 本当に、助かりました。
私はエルフィナ。
こっちは妹のシルフです。
私たちは、この壁の中の世界樹を守護する国──リーファリアに住んでいます。
ぜひ、お礼をさせてください。
お怪我はありませんか?」
妹のシルフも、頰を赤らめながら頭を下げる。
「ありがとう……おにいさん」
俺は、少し照れながら聞いた。
「……あんた達は、人間なの?」
エルフィナが、くすりと笑った。
「いいえ。私たちは、エルフです」
エルフ。
その言葉に、俺の胸が高鳴った。
口角が、自然と上がる。
師匠が語っていた、エルフの国。
木の家に住む、長命の民。
ここが──その場所だ。
世界樹の麓、リーファリア。
俺の旅は、始まったばかりで、もうこんな出会いか。
ドクン、ドクン、ドクン……
心臓が、喜びで鳴る。
俺は、笑顔で頷いた。
「……よろしく、エルフィナ、シルフ。
俺の名はアニス」
エルフの姉妹が、優しく微笑む。
世界樹が、頭上高く、雲を突き抜けて聳えている。
俺の旅は、ここから本当の意味で始まる。
――広き世界の、一ページ目だ。




