024 別れた道
ノクティアの襲撃が、ぴたりと止んだ。
最後の戦いから数週間が過ぎても、空に亀裂は開かない。
黒い兵士の気配も、元素の炎の匂いも、何もない。
俺たちの存在が抑止力になったのか。
それとも、ノクティアが別の大きな計画を進めているのか。
理由はわからない。
だが、結果として──俺たちは、村で待機する時間が多くなった。
襲撃がない日は、村人たちと畑を手伝ったり、子供たちと遊んだり。
夜は焚き火を囲んで、ゆっくりと話す時間ができた。
会話が増えた。
ティオルと、師匠と、三人で。
俺が一番関心を持ったのは、師匠の語る“世界の話”だった。
エルフの森の国で、木の家に住む長命の民。
ウィッチの魔女領で、魔法を商う謎めいた女たち。
セラフィム王国ではない、砂漠の遊牧民の国。
海の向こうの島国。
どの話も、心を踊らせた。
記憶を失った俺にとって、それは希望だった。
どこかに、俺の過去があるかもしれない。
知らぬ世界の広さが、胸を高鳴らせる。
それぞれの人種が生きる姿が、俺の未来を広げてくれる気がした。
ある夜、いつものように焚き火を囲んでいると、師匠が静かに口を開いた。
「これは私の直感だけど──ノクティアは、当分襲撃してこないだろう。
私と君たちは、ノクティアにとって十分な抑止力となった。
二人とも、本当によく頑張ったね。
前にも話したけど、私が君たちに教えてあげられることは、もうない。
これからは、自分の力で成長していき、君たちの理想のために戦うんだ」
その言葉に、俺とティオルは顔を見合わせた。
「……師匠……」
来るべき時が、来た。
わかっていた。
いつか、この日が来ることは。
師匠は立ち上がり、俺たちの前に立った。
そして、優しく、俺とティオルの頭にポンと手を置く。
「ここでお別れだ」
ティオルの目から、ぽろぽろと涙が溢れた。
「う……師匠……!」
俺も、胸が締めつけられた。
泣きそうになった。
自分を強くしてくれた人。
命を懸けて守ってくれた人。
そんな人と別れるなんて。
でも、最後に弱いところを見せたくなかった。
歯を食いしばり、涙を堪えた。
師匠は、穏やかに笑って言った。
「さあ、行きたまえ。
セラフィム王国の王都へ行き、仲間を集め、共に成長し、
ノクティアとの戦いを終わらせるんだろう?」
ティオルが、涙を拭いながら、力強く答えた。
「はい……!」
俺は、少しの間、黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は、世界を見に行きたい」
ティオルが、驚いた顔で俺を見る。
「え……? なんで、アニス……?」
俺は、焚き火を見つめながら、言葉を紡いだ。
「記憶がない俺にとって、この世界の話が、全部希望なんだ。
エルフの国、魔女の国、海の向こうの島国……。
どこかに、俺の過去があるかもしれない。
それに、この胸の高揚が、抑えられない。
世界は広いって知って、もっと知りたいって思った。
守りたい人も、断ち切りたい連鎖も、全部この世界の中にある。
だから、まずは見て回りたい。
自分の目で、自分の足で」
師匠が、静かに頷いた。
「そうか。それが、君の選んだ道なんだね」
俺は、ティオルに向き直った。
「……ごめん、ティオル。
お前と一緒に王都へ行って、ノクティアを倒すって約束、あったよな。
でも、どうしても、世界を見てからにしたい。
それでも、必ずセラフィム王国へ行く。
お前のところへ行って、一緒に戦う。
約束する」
ティオルは少しの間黙っていた。何かを考えているような、そんな気がした。
するとティオルは、涙で濡れた目で俺を見つめた。
そして、ゆっくりと微笑んで口を開いた。
「……うん。わかった。
アニスの目を見たら引き止めれない。
もう自分の中で決まってるんでしょ?
待ってるよ。王都で」
俺は、ほっと息を吐いた。
師匠が、最後に言った。
「さあ、君たちの進むべき道は決まった。
行きたまえ。
アニスは世界へ。ティオルは王都へ。
そして、いつかまた──道が交わる日が来るだろう」
師匠の手が、俺たちの肩から離れる。
温かさが、残る。
俺は剣を背負い、ティオルは新しい剣を腰に差した。
焚き火の炎が、揺れる。
朝日が、昇り始める。
俺たちは、別々の方向へ歩き出す。
ティオルは王都へ。
俺は、知らぬ世界へ。
師匠は、静かに見送る。
背中越しに、師匠の声が聞こえた。
「元気でね、私の……」
俺は振り返らず、手を挙げた。
ティオルも、同じように。
胸の奥で、イデアが強く脈打つ。
ドクン、ドクン、ドクン……
別れは、終わりじゃない。
新しい始まりだ。
世界は広い。
俺たちの旅は、まだ続く。
――道は、分かれた。
だが、いつかまた、交わるために。




