002 白い閃光
第二話 白い閃光
空が裂けた瞬間、俺は反射的に走り出していた。
「空間の魔眼……! ノクティアに所有者がいるというのか!」
インテリオ博士の叫びが、研究室の窓から響いた。
次の瞬間、世界がねじれるような音がして――
バンッ!!
轟音と共に、軍勢の先頭に浮かぶ黒髪の女性が静かに手を振り下ろした。
一瞬で村の中心が白い閃光に呑まれた。
地鳴り。熱風。空気そのものが刃のように肌を裂く。
爆風が俺たちを吹き飛ばし、背中から石畳に叩きつけられる。
肺の空気が全部吐き出され、視界が白黒に揺れた。
「っ……ぐ……!」
口の中が鉄の味。耳鳴りで世界が遠い。
腕がビリビリ痺れて、指がまともに動かない。
瓦礫が降ってくる音の向こうで、かすかに声がした。
「アニス!! 聞こえるか!?」
ティオルだ。
俺は転がりながら声だけ何とか絞り出す。
「……いる……! 生きてる……そっちは……っ!」
焦りで喉が焼ける。
「僕も……っ、大丈夫! でも、足が……!」
ティオルが瓦礫をどけながら這い寄ってきた。
左足を引きずっていて、血が少し滲んでいる。
俺は反射的に手を伸ばした。
「動けるか……!? 折れてる感じじゃねぇ?」
「……打っただけ、たぶん……。アニスこそ、頭が……」
触られた瞬間、ズキンと痛みが走る。
指先がべったり赤く染まった。
どうやら何かで切れていたらしい。
けど、今はそんなことどうでもよかった。
「心配ねぇよ……! 行かなきゃ……!」
そう言って立ち上がろうとすると、世界がぐにゃりと歪む。
足元がふらつき、危うく倒れそうになる俺をティオルが支えた。
「無理に立つな! 一旦、下がって――」
言い終わる前に、第二の轟音が村を揺らした。
黒髪の女性が再び手を振り上げている。
無表情で、祈るような動作で。
――あれは、魔眼の力だと直感でわかった。
炎と雷と氷の光が混ざったような第二の閃光が、村の奥へ吸い込まれていく。
俺たちは瓦礫に身を伏せた。
爆音。閃光。灼熱。空気が震える。
地面が跳ね上がり、瓦礫が弾け飛ぶ。
背中に熱が刺さって、息が止まった。
咳き込みながら、ティオルが叫ぶ。
「アニス! 退避しなきゃ、これ以上は……!」
俺は、咳と涙で濁る視界の中、ふと思い出した。
朝の光景だ。
シスター・エレナが教会の前で手を振ってくれたこと。
「今日は料理当番だから、遅くならないでね」って笑った声。
子供たちが「アニスー!」って追いかけてきた足音。
あの温かい場所。
――教会だ。
「あ……っ、やべぇ、行かなくちゃ……っ!」
頭が勝手にそっちを向く。
「ティオル! お前は家族のところへ行け! 俺は教会に行く!」
「アニス――」
ティオルは言いかけて、俺の顔を見て息を呑んだ。
そして、一瞬だけ目を閉じて言った。
「……わかった。絶対、生きてまた会おう!」
俺たちは短く頷き合い、別々の方向へ駆け出した。
身体中が痛むのに、必死で走る。
炎の中を突っ切る。
崩れる家を避け、熱風で目を細めながら丘を駆け上がる。
遠くで、教会の鐘が一度だけ鳴った。
ゴーン……
そして、すぐに静まり返る。
次の瞬間、空が再び白く燃えた。
黒髪の女性が、また無表情で手を振り下ろす。
第三撃目。
今度は、教会のすぐ横に。
閃光、爆音、衝撃波。
俺は宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。
肺が焼けるように痛い。
耳は何も聞こえない。
でも、目だけは、教会の方を見たまま離れなかった。
教会は――もう、跡形もなかった。
尖塔が折れ、聖堂が崩れ、炎がすべてを飲み込む。
シスターたちの最後の祈りでさえ、光に溶けて消えていった。
俺は膝をつき、立ち上がれなかった。
「……どうして……」
声が震える。
怒りよりも先に、胸が空っぽになっていく。
魔眼。
あんな化け物みたいな力が実在するなんて。
俺たちのイデアなんて、ただの玩具じゃないか。
シスターの笑顔が、頭から離れない。
あの優しい声が、もう二度と聞けない。
拳を握りしめたまま、俺はただ、呆然と空を見上げた。
燃え盛る村を背に――
崩れ落ちた教会の残骸を前に――
俺は、自分の無力を噛みしめることしかできなかった。
それでも、
どこかで小さな火が灯った。
この無力さを、
俺は絶対に忘れない。
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