018 進み続ける
どれだけの月日が流れたのだろう。
“領域”の中では季節も変わらない。ただ星空だけが毎夜同じ位置で瞬き、朝が来ればまた血と汗にまみれる日々が始まる。
ティオルの剣は、もはや“速い”という言葉では足りない。
風を切る音すら消え、視界に映るのは結果だけ。
俺のイデアは赤いオーラを纏ったまま一日中消えず、一振りで巨大な岩山を真っ二つに割れるまでになった。
身体強化も極限まで高まり、地面を蹴れば土煙が爆発する。
朝の最後の稽古を終え、俺たちは地面にへたり込んでいた。
汗が滴り、息が白く立ち上る。
そんな俺たちを見下ろしながら、師匠が静かに口を開いた。
「もう十分だね。地下遺跡の四層の化身なら、君たち二人だけで蹂躙できるレベルに達している」
俺は息を弾ませたまま顔を上げた。
「……四層? あの化け物みたいな速さの奴らも?」
「ああ。亜神は別として、通常の化身はもう相手にならない。君たちの成長は、私の予想を遥かに超えていたよ」
ティオルが剣を地面に突き立て、肩で息をしながら呟いた。
「……やっと、ここを出られるんですね」
師匠は静かに頷いた。
「そうだよ。そろそろ本物の戦場へ出よう。ノクティアの襲撃を、実際に迎え撃つ時がきた。」
その一言で、空気が凍りついた。
俺の胸の鼓動が、自分でも聞こえるほど大きく鳴る。
「襲撃のパターンは二つだ」
師匠は指を一本立てる。
「まず、空間の魔眼所有者が空に亀裂を走らせ、そこから黒い兵士を大量に送り込んでくる。
そして稀に……元素の魔眼所有者を直接投入し、一瞬で村ごと焼き払う」
元素。
瞬間、視界が歪んだ。
焼け焦げた匂い。
崩れ落ちる家屋。
逃げ惑う村人たちの悲鳴。
教会のみんなの悲劇。
俺は無意識に奥歯を噛み締めていた。
隣でティオルも、剣の柄を握る手に力が入り、白い関節が浮き出ていた。
「……あいつらだ」
ティオルの声は震えていた。
「ルーベン村を焼き払ったのは……元素の魔眼だ」
俺は地面に拳を叩きつけた。
「……ああ、絶対に許さねぇ」
師匠は静かに、しかし力強く続けた。
「だからこそ、元素の魔眼が力を発動する前に叩くのが最善だ。
ティオル、君が最速で間合いを詰め、
アニス、君が一撃で首を落とす。
空間の魔眼持ちは僕が封じる。
これが最短かつ最確実な戦法だ」
俺はゆっくり立ち上がった。
「……任せてくれ。元素の奴だけは、俺がぶった斬る」
ティオルも立ち上がり、白黒の瞳に静かな炎を宿した。
「僕がだよ。アニスを、必ず……」
二人の視線が交差する。
言葉はいらなかった。
復讐と、守りたいという想いが、同じ温度で燃えていた。
師匠は満足そうに笑った。
「襲撃は王都から離れた辺境の村や町が中心だ。明日から寝床を転々としながら、現場へ急行する形になる。
荷物は最小限。いつ空に亀裂が走っても即座に動けるように」
俺は剣を肩に担いだ。
「準備は今夜中に済ませるよ」
ティオルが小さく、しかし確かに呟いた。
「……やっと……母さん……」
朝日が昇り始めた。
“領域”の出口が、ゆっくりと開いていく。
師匠が先に歩き出し、振り返らずに言った。
「さぁ、行こうか!」
俺とティオルは頷き合った。
胸の奥で、イデアがこれまでにないほど激しく脈打つ。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン——。
もう、修行じゃない。
これから始まるのは、復讐と守護の旅だ。
三人は朝焼けの中、“領域”を後にした。
背後で、出口が静かに閉じていく。
村々を巡り、
ノクティアの影を狩り、
焼かれそうな命を守る日々が、今、始まる。
俺たちは、もう迷わない。
ただ前だけを見て、歩き出す。
ルーベン村の炎を、二度と繰り返させないために。




