012 道
森の木陰に、夕陽が差し込んでいた。
橙色の光が、ルシェイドの虹色の瞳をさらに妖しく煌めかせる。
彼は木の上から軽やかに飛び降り、音もなく地面に着地した。
まるで重さがないかのように。
「そうだね。じゃあ、まずは君たちの名前を教えてくれるかな?」
ティオルが一歩前に出る。
白黒の魔眼はまだ警戒の色を宿したままだったが、声は落ち着いていた。
「……ティオル。ティオル・グランヴェルン」
俺も続いた。
「アニス・エクリシア」
ルシェイドは満足そうに頷く。
「ティオルと、アニス。いい名前だ。響きが好きだよ」
その声音は優しいのに、どこか底冷えする。
まるで俺たちの心臓の音まで数えているようだった。
「で? 何の用なんだ?」
俺が問うと、ルシェイドは両手を広げてみせた。
「用ってほど大層なものじゃないさ。ただ、君たちの成長が面白そうでね。
ちょっとだけ、手を貸してあげようかと思って」
ティオルが眉をひそめる。
「……手を貸す?」
「うん。特訓だよ。私が直接、君たちを鍛えてあげる。
創造の魔眼の継承者直伝だ。滅多にないチャンスだよ?」
一瞬、胸が跳ねた。
強くなれる――その言葉は、確かに甘い誘惑だった。
でも。
「遠慮する」
俺は即答した。
ティオルも静かに首を振る。
「僕も、お断りします。信用できない人に体を預けるわけにはいかない」
ルシェイドは少しだけ目を細めた。
それでも、笑みは崩れない。
「ふぅん。慎重だね。可愛いじゃないか。
まあ、そういうところも嫌いじゃないけど」
彼はふっと息を吐き、空を見上げた。
「でもさ、君たちは強くなるために王都に向かうんだろう?
このままじゃダメだよ。今の君たちじゃ、ノクティアはおろか、
王都の“ 天槍の騎士”たちの足元にも及ばない」
―― 天槍の騎士。
その単語に、俺とティオルは同時に顔を見合わせた。
「…… 天槍の騎士?」
ティオルが小声で尋ねる。
ルシェイドは楽しそうに頷いた。
「英雄王に忠誠を誓う騎士たちさ。王都で“最強”と言えばまずあの者たちを指す。
君たちが目指す場所に、必ずいるよ」
英雄王。
天槍の騎士。
胸の奥で、また鼓動が跳ねた。
ドクン、ドクン、と早鐘のように。
ルシェイドは俺たちの表情を見て、くすりと笑う。
「どうする? やっぱり特訓、受けてみる?」
沈黙が落ちた。
風が吹き抜け、木の葉のざわめきだけが森に響く。
俺は剣の柄を握りしめたまま、ティオルを見た。
ティオルも俺を見返してきた。
そして――
「……お願いします」
二人同時に、頭を下げた。
ルシェイドの虹色の瞳が、満足そうに細まる。
「いい返事だ。じゃあ、早速始めようか」
彼は指を鳴らした。
パチン。
次の瞬間、森の風景が歪んだ。
木々が後退し、地面が広がり――
いつの間にか、俺たちは広大な円形の空き地に立っていた。
夕陽は消え、代わりに満天の星が瞬いている。
ルシェイドは両手を広げて言った。
「ここは私が創造した“領域”。空間も、ちょっとだけいじれるんだ。
ここでは何者からも邪魔はされないよ」
俺は息を呑んだ。
ティオルも目を丸くしている。
「さあ、始めよう。まずは――君たちの限界を、私にぶつけてみてくれたまえ!」
ルシェイドの笑顔が、初めて少しだけ獰猛に見えた。
ドクン。
俺の胸が、激しく鳴った。
――こうして。
過酷で、狂おしいほどに濃密な、修行の日々が始まった。
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