第五章 王太子孤立
豪奢な執務室で、王太子レオナルドは苛立ちを隠さなかった。
「なぜだ! なぜ私の命が遅れる! 命じたはずだ、すぐに西方に軍を送れと!」
だが、命令は実行されない。
報告は遅れ、兵の動員は「準備中」と言い訳が並ぶばかり。
クラリッサ――元宦官は深く頭を垂れ、静かに進言した。
「殿下、ご下命が末端に届く前に、調整が必要になるのです。
……それに、殿下のご命を的確に支える有能な側近が不足しているように見受けられます」
レオナルドは顔を赤らめた。
「無礼な! 私には忠実な臣下がいる!」
だが、その「忠実な臣下」たち――王太子派の取り巻きは、すでにクラリッサの網に絡め取られていた。
側近の切り崩し
まず第一に、王太子の筆頭補佐官。
彼の領地の財務記録をクラリッサは密かに調べ上げ、不正を暴いた。
「この件を表に出せば……爵位すら危うくなりましょう」
冷ややかな一言で、補佐官は屈服した。
以後、彼は“王太子の耳に入る情報”をすべてクラリッサに流すようになった。
次に、軍務担当の将校。
彼の息子の不祥事を盾に取り、密かに庇護を与える。
「この件は私が処理いたしました。……今後は殿下のご命を、私の伝える形で整えていただければ」
将校は沈黙のうちに頷き、以後はクラリッサの指令なくして兵を動かさなくなった。
最後に、王太子付きの侍従たち。
彼らに与えられた昇進の推薦状はすべてクラリッサの署名によるものだった。
もはや彼らの忠誠はレオナルドではなく、“署名権限を握る者”に向いていた。
数週間後。
王太子が声を荒げて命を下すたび、周囲は一斉にクラリッサの顔を伺った。
彼女が頷けば実行され、眉をひそめれば保留される。
「おい……なぜ私の命をその女に確認する!」
レオナルドの叫びは、もはや誰の耳にも届かぬ。
王太子は豪奢な衣を纏いながら、ただの“空虚な飾り”に過ぎなくなっていた。
クラリッサは赤い唇に冷笑を刻んだ。
「王妃は孤立し、王太子は傀儡と化した。
今や宮廷の命脈は、すべて私の一筆にかかっている。
あはは……この国の未来は、すでにこの私の掌の上にある!」
その声は、宮廷の奥に響き渡る勝者の嗤いだった。




