第三十五章 逆心と返り討ち
諸国の使節が伯爵令嬢に膝を折った日の夜。
王は王宮の私室で怒りに震えていた。
「なぜだ! 余は王である!
なのに誰も余を見ぬ……!
民も貴族も、国外の使節すらも……すべてあの女にひれ伏すとは!」
彼は拳で卓を叩き、側近に命じた。
「よいか、あの女を捕らえて処刑する!
民はすぐ忘れる。余が玉座に座り続ければ、すべて元通りになる!」
だが、その命令に頷いたのはほんの数人の取り巻きだけだった。
夜陰に紛れ、愚王は兵を動かした。
「謀反人を捕らえるのだ!」
しかし――兵たちは動かなかった。
「陛下、それは……徳ある御方に手をかけろと?」
「彼女は民を救い、我らの家族までも助けてくださった。その方を敵に回せと?」
命令は下ったが、誰一人として槍を取らなかった。
翌朝。
王は大広間に伯爵令嬢を呼び出し、廷臣と使節の前で叫んだ。
「母上と共に余を欺き、王国を簒奪せんとした大逆人!
今ここで断罪する!」
だが、伯爵令嬢の周囲には農民の代表、商人、学僧、孤児院の子ら――
さらに昨夜、王の命令を拒んだ兵たちまでが立ち並んでいた。
一斉に声が上がる。
「この方は母!」
「この方は救い主!」
「この方は徳ある君主!」
廷臣も使節も膝をつき、王の叫びは虚空に消えた。
徳による返り討ち
伯爵令嬢は一歩進み出て、静かに言った。
「王よ。あなたが血統を誇ろうとも、心を失えば王にはあらず。
人は剣に従わず、心に従うのです。
あなたが私を排除せんとした時、人々は自ら選びました。
――冠ではなく、徳に従うことを」
王は崩れ落ち、呆然と呟いた。
「なぜだ……余は王なのに……誰も余を見ぬ……」
その光景を見ながら、クラリッサは赤い唇に笑みを刻んだ。
「あはは……余が刃で敵を潰したように、この女は徳で王を潰したか。
結局、我が王は己の無知を証明したのみ。
歴史は繰り返す――徳なき王は必ず滅ぶ」
その嗤いは、敗北の響きでありながら、どこか安堵の音色を含んでいた。




