第三十三章 徳の裁き
クラリッサの命で、もう一度王妃候補として呼び戻された伯爵令嬢は、恐れもなく広間に現れた。
その背後には農民の代表、商人、学僧、孤児院の子ら――数え切れぬほどの人々が、自らの意思で随行していた。
廷臣たちは驚愕し、ざわめいた。
「なぜ……命じてもいないのに、これほどの人々が……」
「いや、命じてなどおらぬ。ただ慕って集ったのだ」
その姿は、かつてクラリッサが謀略で国内を掌握した流れを、まったく異なる原理で再現していた。
若き王は激昂した。
「余は王だ! 余に血があり、冠がある!
なぜ一介の女が、これほどの人を従えるのだ!」
伯爵令嬢は静かに言葉を紡いだ。
「人は冠には従いません。
飢えた時に食を分け、苦しい時に手を取り、
先に汗を流す者に心を委ねるのです」
徳の波が広がる
彼女の言葉を皮切りに、声が広間に満ちた。
農夫:「この方は、飢えた我らに自ら穀を分けてくださった!」
商人:「盗賊に襲われた時、我らを守ってくださった!」
学僧:「争う者を和解させ、共に祈ってくださった!」
孤児たち:「母さまは、ぼくたちに名前をくれたんだ!」
その声は作為なく自然に溢れ出たものであった。
廷臣たちは互いに視線を交わし、やがて一人、また一人と伯爵令嬢に膝をついた。
さらに、彼女は目を上げて廷臣と貴族たちへ向けた。
「この国を治める柱は、民であると同時に諸侯でもあります。
戦に疲れ、領地の困難を抱える方々の苦しみを、私は知っております。
だからこそ、王妃となれば――必ず領民の声を王都に届け、
諸侯の憂いを共に背負います」
その言葉に、反対派の残滓を抱えた貴族たちでさえ胸を衝かれた。
「……我らの声を、聞くと?」
「これまで誰も顧みなかった領の窮状を……」
伯爵令嬢は深く頷いた。
「血ではなく、役目を果たすことで国を支えるのです。
だから、どうか共に国を立て直してください」
貴族たちは次々に膝を折り、剣を捧げるようにして従属の意を示した。
こうして反対派の声は沈黙し、長老派までもが「徳に背けば孤立する」と悟り、自然と伯爵令嬢の傘下へと吸い込まれていった。
伯爵令嬢は広間を見渡し、ただ一言だけを告げた。
「国を支えるのは血ではなく、心です。
心を失った王は、王にあらず」
その瞬間、廷臣も、民も、聖職者も、一斉に声を合わせた。
「この方こそ王妃にふさわしい!」
「いや、王をも導く徳の人だ!」
若き王は声を失い、肩を落とした。
かつてクラリッサが「陰謀」で王妃を孤立させたように――伯爵令嬢は「徳」で国内を平定し、王を孤立させたのだった。
その光景を見つめながら、クラリッサは赤い唇に震える笑みを刻んだ。
「あはは……余が謀略で成したことを、この女は徳で成したか。
余が刃と策で敵を潰したように、彼女は心で人を従わせた。
わが野望は、ここにてついに打ち砕かれた。
――人を導くのは恐怖でも策でもなく、ただ“徳”なのだな」
その嗤いには、敗北ではなく、悟りを得た者の安堵が混じっていた。




