第三十二章 裁きの刻
若き王は、伯爵令嬢を憎しとし、伯爵家に過酷な課税と監視を続けた。
領民たちは疲弊し、民心は急速に離れていく。
「なぜだ……なぜ人々は余を讃えぬ……?」
王は苛立ち、側近に叫んだ。
「余こそ王だ! 母ではない! 民は余を恐れ、従うべきだ!」
その声はかつての愚王の叫びと重なり、廷臣たちを震え上がらせた。
政務室。
クラリッサは机に積まれた報告書を睨み、深い沈黙に沈んでいた。
「……余の築いた黄金期が、この子の手で崩れ去ろうとしている」
アーベルが口を開く。
「クラリッサ様、このままでは国が乱れます。
御子を――王を、裁かねばなりません」
クラリッサは瞼を閉じ、胸の奥で二つの声がぶつかり合った。
――母としては、子を守りたい。
――治世者としては、国を守らねばならない。
やがて彼女は赤い唇を震わせ、囁くように言った。
「……宦官の時の罪が、ここに跳ね返ってきたのだな。
かつて余は帝国を滅ぼした奸臣。
その因果を、今度は“母”として受けねばならぬとは……」
大広間に廷臣、貴族、教会の聖職者が集められた。
その中央に立つのは若き王。
彼はなお傲然と胸を張っていた。
「母上、これは何の茶番だ! 余を辱めるつもりか!」
クラリッサは一歩進み出て、冷徹な声で告げた。
「王よ。汝は伯爵令嬢を軽んじ、領地を苦しめ、民心を失った。
国を支えるべき者が国を壊すのなら、母であろうと治世者であろうと、裁かねばならない」
広間がざわめき、王の顔は青ざめた。
「……母上、余は……あなたの子なのだぞ……!」
クラリッサは震える唇に微笑を刻んだ。
「余は治世者よ。
子を持ち、母となったが――国を滅ぼす者を放置すれば、再び因果が巡るだけ。
余はもう、同じ過ちを繰り返さない」
クラリッサの手が高らかに上がり、廷臣たちに告げる。
「王を退けよ。
余が摂政として治世を続け、いずれ正しき後継を立てる」
その言葉と同時に、兵士たちが王を取り囲んだ。
かつて「石を宝石」と信じ込まされ孤立した愚王と同じく、若き王もまた人々の視線の中で孤立していった。
「なぜだ……余は王なのに……!」
彼の叫びはむなしく広間に消えた。
夜。
誰もいない政務室で、クラリッサは一人杯を傾けていた。
「結局、余は子をも切り捨てねばならないのね。
母としては敗北だ。だが治世者としては勝利……。
奸臣の業は、やはり逃れられぬのかもしれないわね」
嗤いは悲しみを孕み、燭火の中で震えていた。




