第三章 辺境を掌握す
王宮の政務室。
積まれた文書の中に、一通の嘆願書があった。
「北部辺境より……“重税の軽減を求む”……か」
読み上げた廷臣は肩をすくめた。
「殿下は強硬策をお望みです。反乱の芽は力で摘めと」
周囲の官吏たちが渋面を浮かべる。
辺境の領主たちは軍を抱え、王国の北の盾を担う存在。その訴えを無視すれば、やがて反乱に転ずるだろう。
クラリッサ――その身に宿る宦官は、静かに微笑んだ。
「王太子のご意向は尊重しましょう。……ただし、こちらからの“返答書”を一通、私にお任せいただきたい」
廷臣たちは顔を見合わせたが、結局は頷くしかなかった。
数日後。
北部辺境の城塞都市。
領主たちは驚愕していた。
――王都から届いた返答書には、こう記されていたのだ。
《重税は段階的に軽減する。代わりに辺境防衛の義務を強化し、国境を守り抜くことを期待する》
それは単なる譲歩ではない。
王都と辺境の“対等の契約”とも呼べる巧妙な文言だった。
「……王都が我らを認めた、だと?」
「これまで見下すばかりだったのに……この返答は違う。理を弁えた者の手によるものだ」
領主たちの心に、王都へのわずかな信頼が芽生えた。
そして誰も知らぬうちに、その信頼の矛先は“セレスティア名義”の書状を起草したクラリッサへと注がれていた。
王宮の執務室。
クラリッサは机上の地図を見つめ、薄く笑んだ。
「あはは……辺境を侮るから国は乱れる。だが恩を与え、義務を負わせれば――その兵力すら我が手足となる」
指先が地図の北を撫でる。
「王太子よ、お前が力で抑えようとした兵は、すでに我が筆一本で縛り付けた。
戦わずして得る軍勢こそ、最も忠実な駒となるのよ!」
闇に溶ける笑声。
それは、王国の運命を操り始めた奸臣の歓喜であった。




