第二十八章 黄金の治世
クラリッサの摂政となって十余年。
王都の街並みは石畳に整備され、広場には市場が溢れ、学び舎には子どもたちの声が響いていた。
南北の交易路は安全に守られ、農村では灌漑と新技術により豊穣の年が続いた。
民は口々に語った。
「これほど豊かな暮らしは初めてだ」
「クラリッサ様の御子こそ、繁栄の証だ」
王国はまさに“黄金期”を迎えていた。
大聖堂の庭。
少年となった御子は剣を手にし、アーベルの指導を受けていた。
「力に任せるな。相手を読むのだ」
アーベルの教えに、御子は真剣な眼差しで剣を振るった。
その姿には、かつての愚王にはなかった鋭さと気品が漂っていた。
クラリッサは少し離れたところでその光景を見つめていた。
赤い唇に浮かぶのは、かつての奸臣の冷笑ではなく、母としての柔らかな微笑。
「……ふむ。この子ならば、余が築いた繁栄を受け継ぐに足るかもしれない」
政務室では、御子が帳簿を開き、若き声で報告を始めていた。
「母上、北部の鉱山の収益は増加しておりますが、坑夫たちが疲弊しております。
休養と報酬の増加を提案いたします」
クラリッサは驚き、やがて笑った。
「あはは……十余年で余と同じ言葉を口にするとは。
奸臣の子が仁を説くとは、歴史の皮肉もここまで来たわね」
廷臣たちはその場で深く頭を下げた。
「御子様こそ、王国の未来にございます」
夜、バルコニーにて。
クラリッサとアーベル、そして成長した御子が並び立ち、星空を見上げていた。
「母上、いつの日か私は真の王となりましょう」
少年の声は清らかで、揺るぎなかった。
クラリッサはその肩に手を置き、低く囁いた。
「いい?我が子よ。王とは冠を戴く者ではないわ。
民を食わせ、国を安んじ、時に剣を抜く者よ。
余が築いたものを越えてみせなさい」
御子は真剣に頷いた。
アーベルは静かにその光景を見守り、胸に秘めた忠義の炎をさらに燃やした。
燭火に揺れる政務室で、クラリッサは静かに杯を掲げた。
「あはは……奸臣としての余の名は、かつて国を滅ぼした恥辱として歴史に刻まれた。
だが今世の余は違うわ。
黄金期を築き、子を育て、忠臣と共に未来を紡ぐ。
奸臣にして治世者――これぞ、余の新たなる姿だわ」
その嗤いは、もはや冷酷な嘲笑ではなかった。
黄金に輝く未来を照らす、誇り高き“母と帝”の笑みであった。




