第二章 最初の権力
翌朝。王宮政務室の机に、山のように積まれた文書があった。
条約案、徴税報告、領主からの嘆願、軍の動員申請――すべて、病床の国王や怠慢な王妃、無能な王太子の手には余るものばかり。
廷臣たちは慣れた様子で一人の女にその束を差し出した。
「クラリッサ様、これらの処理をお願い致します。
セレスティア様は、まだ署名の作法すらご存じなく……」
クラリッサは赤い唇を歪め、静かに受け取る。
(……ほう、実に愚か。国政の要を、婚約を解かれた令嬢に丸投げか。
これは国を喰らえと差し出しているに等しい!)
羽根ペンを取り、彼女――いや彼は、するすると署名し、印章を押す。
その手つきは正確で迅速、まるで数百の詔書に署名してきた古の宦官そのもの。
「クラリッサ様、印章はどうされますか?」
「ふむ……これは“セレスティア嬢名義”とするのがよいだろう」
元宦官は不敵に笑う。
(署名と印章を操る者こそ、この国の真の支配者。王太子の口先も、王妃の美辞麗句も、所詮は紙の上に形を残さねば消える。
ならば筆と印を握る我こそが、実権を握るのだ!)
やがて廷臣たちは驚愕する。
提出された嘆願に、即座に答える政務能力。
矛盾のない税制修正案。
交易の均衡を保つ条約草案。
「……さすがはクラリッサ様。公爵家の誉れにございます」
「セレスティア様の名義でこれほどの文が整えられるとは……」
廷臣たちは感嘆しつつも、次第に気づき始める。
“国政はすでに公爵令嬢の手にある”――と。
元宦官は机に積まれた最後の文書にゆっくりと署名し、静かに呟いた。
「あはは……紙と印章を制す者は国を制す。
王太子よ、お前が舞踏会で誇らしげに宣告した瞬間……その時すでに、王国の未来は我が掌に落ちていたのだ!」
その笑みは、冷たくも甘美な勝利の味に満ちていた。




