第十八章 かみ合わぬ対話
夜の玉座の間。
酒に酔った目で王レオナルド四世は、ただ一人の旧き友を呼び寄せていた。
「……来てくれたか、エルンスト侯爵」
幼馴染にして、少年の頃から共に剣を学び、狩りに出た友である。
「余は……皆に裏切られた。だが、お前だけは違うだろう?」
侯爵は静かに頭を垂れた。
「畏れながら陛下、冬を越すための備蓄穀物の移送についてご相談がございます」
王は目を見開いた。
「いや、違う! 余は国を取り戻したいのだ! クラリッサに奪われた権威を……!」
だが侯爵は平然と続ける。
「穀物を南部から北へ運ぶには、河川の氷結が問題になります。
橋の補強を急がねばならぬと存じます」
「ち、違う……! 余は後継を決めるなどと言いたくはないのだ! 玉座は余のものだ!」
「はい、陛下。補給の馬車には護衛が必要です。
盗賊の増加も報告されておりますゆえ」
王は唇を震わせ、玉座にしがみついた。
「お前は余の友だろう!? なぜ余の言葉を聞かぬ!」
侯爵は淡々と頷き、帳簿を差し出した。
「承知しております、陛下。ではこちらにご署名を。備蓄移送の勅令でございます」
差し出された羽根ペンを握りしめ、王は震えた。
それが政務への署名であることは分かっていた。
だが、まるで「王としての叫び」を無視し、ただ“道具”として使う冷酷なやり取りだった。
侯爵が去ったあと、王は呟いた。
「……なぜだ。声は届いているはずなのに、誰も余を見ぬ……」
答える者は誰もいない。
広間には、虚ろな王の声だけが木霊していた。
(ふふ……これぞ孤立の極みよ)
遠くから見守るクラリッサの唇に、嗤いが浮かんだ。
「言葉すらすり抜け、声すら届かない……。
陛下、あなたはもはや王にあらず。
ただの“空虚な声”ね」




