第十六章 虚ろなる後継
ある日、王都の大聖堂で“奇跡”が語られた。
「夢に女神が現れ、『新しき血により王国は救われる』と告げた」
「その血は公爵令嬢クラリッサ様に宿り、未来を導くのだ」
誰が流した噂か――民は知らない。
だが実際には、クラリッサが聖職者たちを金と地位で抱き込み、意図的に流布させたものだった。
市場でも、広場でも、人々は囁き合った。
「新しい後継が生まれるらしい」
「神に選ばれた血なら、王国も安泰だ」
「王様よりも、クラリッサ様が導くべきだ」
庶民の心は、すでに「まだ見ぬ後継」に向かって動き始めた。
一方、宮廷では別の工作が進んでいた。
クラリッサは各派閥の貴族を密かに招き、冷徹に語った。
「……無能な王の血を後世に残せば、この国は滅びます。
ですが、安定を望むなら――正統の枠を広げねばなりません」
貴族たちは最初こそ反発した。
「しかし、血統を外れた後継など……!」
だがクラリッサは微笑み、机上に財政記録を並べる。
「私が整えた税制と交易路により、国庫は潤い、領地も安定しております。
……その恩恵を失いたくなければ、私が準備する“新しき後継”を支持すべきでしょう」
数字と利益。
それは王権の伝統よりも遥かに強い説得力を持っていた。
やがて貴族たちは囁き合うようになる。
「クラリッサ様の後継を受け入れるのもやむなし」
「血統より安定。国のためだ」
日が経つにつれ、噂と説得は絡み合い、王国全体を覆っていった。
「神に選ばれた後継が誕生する」
「それは王国の未来そのものだ」
「王冠は新しき血にこそ相応しい」
まだ生まれてもいない子が、すでに“王国の希望”として語られていた。
夜。執務室にて。
クラリッサは窓辺に立ち、街に広がる噂のざわめきを聞きながら笑った。
「あはは……これぞ“虚ろなる後継”。
まだ生まれぬ者に王冠を期待させ、国のすべてをその幻に縛り付ける。
民は祈り、貴族は利に縛られ、やがて誰も抗えない。
次に必要なのは……愚王の口から、『後継を定めよ』と告げさせることよ!」
その声は冷たくも甘美な凱歌のように、闇夜の宮廷に響き渡った。




