第十二章 反逆の火
王妃エレオノーラが失脚しても、なおその影響力は完全には消えていなかった。
かつての取り巻きの一部と、保守的な長老派の貴族たちが水面下で集い、囁き合っていた。
「クラリッサは危険だ。政務も外交も、すべてあの女が握っている」
「愚王を操り、民心を盗み取り、このままでは王国そのものが彼女のものになる」
「早急に芽を摘まねばならぬ……」
彼らは密かに誓った。
“クラリッサ打倒”。
反対派の集まり。
長老派の重鎮が声を潜めて言った。
「クラリッサは北部兵を動かしている。あれは私兵化の兆候だ」
「そうだ、北部兵は辺境に配置された。王の目が届かぬ地で、いくらでも私兵に化ける」
侯爵夫人は不敵に笑った。
「ならば告発すればいい。“公爵令嬢は軍を握り、謀反を企てている”と」
彼らは勝ち誇っていた。だが、その耳に届いた噂こそ――クラリッサが流した餌であった。
大広間。
反対派筆頭が王の前で叫ぶ。
「陛下! クラリッサ公爵令嬢は北部兵を私兵化しております!
国を簒奪せんとする奸臣でございます!」
廷臣たちがざわめき、空気が張りつめる。
だがクラリッサは一歩進み出て、冷ややかに声を放った。
「……では、陛下の御命令書を御覧に入れましょう」
彼女は巻物を広げた。そこには王自らの署名印があり、こう記されていた。
“北部の荒れ地を開墾するため、屯田兵を配置すること”
つまり北部兵はクラリッサの私兵などではなく、王の正式な政策――国を豊かにするための屯田兵だったのだ。
廷臣たちが一斉に反対派を見た。
さらにクラリッサは続けた。
「加えて――陛下、これは調査の報告書にございます」
机上に投げ出されたのは、反対派の資金の流れを追った記録。
そこには、届出されていない私兵の存在が克明に記されていた。
しかも、その私兵たちは先日、密かにクラリッサが派遣した王国の騎士団により討伐されていた。
「……つまり」
クラリッサの赤い唇が冷酷に歪む。
「陛下の政策を“謀反”と誣告した者こそ、真に私兵を抱えていた逆臣なのです」
廷臣たちの目が一斉に反対派に突き刺さった。
国王の声が大広間に轟いた。
「逆臣ども! 己が罪を王国に転嫁しようとは! 即刻、領地を没収し、官位を剥奪せよ!」
長老派の重鎮は蒼白になり、侯爵夫人は座り込んだ。
その場で反対派の力は粉砕され、二度と再び声を上げることは叶わなかった。
退廷後、クラリッサは闇の廊下で独り嗤った。
「あはは……陛下の命令を“謀反”に見せかけようとは、あまりに浅はか。
結局、刃は自らの胸に突き刺さるのみよ。
長老派は潰え、王妃派の残滓も霧散した。
残るは愚王ただ一人――玉座は孤立し、影はますます濃くなるわね……」
その笑声は、王宮の石壁に反響し、まるで王国そのものを呑み込むかのように響き渡った。




