眠っている間だけ送られてた愛を直に食らってしまう話し。
それはそれは、なんとなく。なんの前触れもないとある平日の一時でした。
「…うふふ」
どこか楽しげな、長き友人の笑い声と共に、僕はいつもより早めに目が覚めてしまいました。
先に言っておくと、僕はひだまりでぽかぽかと温められながら眠るのが一日のルーティンだったのです。どれだけ長く寝てもその、お昼寝の時間になると瞼が重くなってしまうのです。
だから、幼い頃から眠ってました。
そのお昼寝の時間は一日が終わる頃の、お日様が沈み出す頃です。時間で言うと五時くらいでしょうか。この時に寝て、空が暗くなり始める頃には目が覚めます。七時くらいです。
まぁ、詳しいのはさておいて。
今日はなんでかお昼寝の時間になる前に眠気が襲って来たのです。おおよそ四時くらいでしょうか。
だから一人で先に寝ちゃいました。
あ、僕には一緒にお昼寝をする友達がいまして、幼なじみと言える間柄です。
そんな人と一緒に寝てたんですよ普段は。でも今日は先に眠ってしまって、お昼寝の時間が終わる前に目が覚めてしまいました。
さっきも言った通り、友人の笑い声のせいで起きたのかも知れません。どっちも影響を与えたのかも。
「今日もよく寝るね…」
…頭の中で騒いでも、目の前の異変は消える事がなく。彼女は僕の胸元に頭を押し付けて、話します。
「今日は外でよく動いたのかな。ちょっと汗臭いな」
なんて失礼な行為なのでしょう。
でもそんな事より、今はどうして彼女が僕の胸元に鼻をくっ付けて匂いを嗅ぐのかが知りたいです。
彼女なりの悪戯なのでしょうか。
でも、普段目が覚めてる時はこういうの全然やってなかったんですけど。
「ん……でも、いい匂い」
正直、かなりきもいです。今すぐにでも起きて彼女を突き放したいけど、そうするとこれからお昼寝が出来る友達がいなくなるので……
とりあえず、我慢する事にしました。
まぁ、匂いくらい減るもんじゃないし。……薄れるのなら減るって見てもいいのでは?
ま、細かい事はどうでもいいんでしょう。
「体、暖かい……好き」
わ。いつもの彼女なら想像も出来ないくらい正直な言葉です。彼女はいつも好きって言うより、気に入ったとか心地いいとか言いますけど。
そんな彼女でも、一人の時は素直になれるんですね。いい事を知りました。
「…心臓、どくどくしてる。気持ちいい音……」
僕が眠っていると思っているのでしょう。今度は耳を僕の胸元に当てて、音を聞き始めました。
とても恥ずかしい仕草です。
人の心音を聞きながら気持ちいいとか、ちょっと頭が痛い人のようにも感じられなくもないけど本当に頭が痛い人はそういうの言えないから……
まぁ。どうでもいいでしょう。
僕はまだ眠気が完全に去ってないので頭が回らないのです。ぼんやりしてて、今なら何を言われてもいいよーって答える自信があります。
それほど弱ってるのです。
「このまま、音が止まったら……どうかな。君の胸の中で、どくんどくんってする音がなくなるのを…小さくなって行くのを…感じる」
恐ろしい事を言いますね。自分の腕の中で死んで欲しいとか、滅多に言えない言葉です。滅多にって言うか、今までの人生でそんな事を言った人は一人もいませんでした。彼女が初めてなのです。
じゃあ僕の初めてを頂いたんですね彼女は。
……なんで。
「手…握ってあげる」
なんで彼女はこんな事をするんだろう。
好意の表れなのか?愛を囁いているのか?単に悪戯のつもりにしては少々、熱量が凄い。
声色も、体の動きも、その温もりも。
「ふふ…」
変な事を考えながらまた眠るのを試みてみたけど、ぜんぜんできなかった。むしろ眠気が去ってしまったみたいで、いつもより冴えているようだ。
体に触れている彼女の全てが感じられるくらい。
手のひら同士が擦れる感覚。
胸元に当たった耳の感触。
太ももに感じられる彼女の重み。
首元をくすぐる髪の毛の動き。
目を閉じたせいなのか、余計に感じられてしまう。
「………君は、寝てる時は私を拒むの。手を握ったらすぐに解くし、抱き締めたら蹴られて、匂いを嗅ぐと息が出来なくなるくらい抱き締めて…」
僕の手を離して、首元にまくその動きもまた。
見えてないけど、目に見える。
「最初は起きてるのかな?って思ったの。私を拒む仕草があまりにも激しいから。でも、君はそれら全部覚えてなかった。つまり、寝てた」
胸元に当てていた彼女の耳が着々と上に登ってきて、僕の耳と同じところに並んだ。
「私が何を言ってるのかわかるでしょう?君は賢いからさ。私が君の事を気に入ったのも、君の中が心地良いって思うのと、わかってるから」
頬に温もりが伝わった。彼女の手なのだろう。
「ね、起きてるでしょ?」
優しく僕の頬を包む手は、とても暖かい。温もり以上の、心が込められていた。
「寝てる」
「眠った人は喋れないのよ。わかってるでしょ?」
「寝言は言えるから」
そんな温もりも、僕が口を開いた瞬間消え失せて。いつもの冷たい手に戻っていた。
いつもの、安心出来る幼なじみの手に。
「どこから聞いた?」
「汗臭いってとこから」
「よかった。ちょっとだけなんだ」
あれがちょっとだけって、その前にはいったいどんな酷い事を口にしてたのだろう。
「…ねね、こういう重い女は嫌い?」
「付き合うのなら無理かな」
「よかった友達で」
今度、一日だけお昼寝をさぼってみよう。