02 小さな冒険と不思議な法則
筆者はRPGゲーム未経験です。
ノリと想像だけで書いておりますので、どうか温かい目でお読みいただけると嬉しいです。
夏の雨の日。
風邪がようやく治りかけの三歳の息子は、本日、保育園を休んでいた。
「静養」と呼ばれる時間は、三歳児にとって退屈の極みである。
お絵描きも、おままごとも、おもちゃ遊びも、動画サイトも、DVDも、そして私のポンポコ腹太鼓も――
どれもすぐに飽きられてしまった。
息子はついに、小さなドラゴン《癇癪》を召喚したかのように声を張り上げる。
「ぱちゃぱちゃするの! お外いくの!」
観念した母――万年ダイエッター主婦の私は、深く息をつき、マイカーに乗る。
目的地は近場のコンビニ。
保育園で使うハガキの購入と息子の気分転換が本日の任務だ。
駐車場に入り息子を車から降ろした瞬間、空気がわずかに変化した。
光は柔らかく、世界の色合いも微妙に異なる。
息子の笑い声は、どこか冒険心をくすぐる音に変化していた。
――これは、以前にも経験した感覚だ。
体重計でのRPG風の体験以来、私は理解しつつあった。
どうやら、私の小さな「クエスト」が始まると、世界は瞬間的にRPG風の異世界に変化するらしい。
クエストが完了すれば、世界は再び現実の日本に戻る。
今日のクエストは、「雨の日の小さな買い出し」である。
ただの買い物なのに、目に入るものすべてが「アイテム」や「モンスター」に見えてしまう。
コンビニの外観を見ると、いつもお世話になっている青いマークのコンビニが蒼き紋章の盟約小商店になっている。
「わお…」
これって私の頭が変換しているんだよね?
フランチャイズを盟約って訳すのかと、のんきに考えていた。
店内に入ると息子はすでに冒険者として行動を開始していた。
愛と勇気の顔の魔力凝縮菓を見つけると、目を輝かせて要求してくる。
「お菓子はひとつまで」――これはいつもお買い物のお約束です。
私の視線は、甘味の泉《ドリンク棚》に引き寄せられた。
琥珀色の甘露、甘美な黒き覚醒と牛乳の妙薬。
一口で幸福の魔法にかかりそうな誘惑である。
その瞬間、息子が私の三段腹に手を置き、無邪気に叫ぶ。
「ママのおなか~!」
――やはり今日も、私のお腹は小さなモンスターの遊び場であった。
羞恥心という隠し弱点が刺激され、内心のHPが削られる。
それでも私は、顔には穏やかさを保ち、店内の人々に向かって柔らかく声をかける。
「あらあら、お外でお腹を出してはいけませんよ」
ここは商品棚の角でお店のお姉さんには死角のはず!監視カメラは無視!
あぶなかった、もう少しで甘味の泉の誘惑に負けるところだった。
息子よ今回はグッジョブ、お腹出しは見逃がしてあげよう。
内心は汗ばむが、香り高い無糖の薬湯――東方の花茶を手に取り、気持ちを落ち着ける。
こうして本日の戦利品は――
羊皮紙
愛と勇気の顔の魔力凝縮菓
東方の花茶《ジャスミン茶》
ピコン、とステータス更新のアラームが鳴る。
本日の小さなクエストは、無事にクリアされた。
しかし、クエストはここで終わりではなかった。
会計後の息子が店から出たがらない。
お姉さんにありがとうのバイバイしよう、お店にもまたねしようか、素敵なものがたくさんあったね、また来ようね、この買ったコレ車の中で食べようよ、ママのど乾いちゃったお茶を飲もうよ等々。
すぐそこの駐車場に乗せるまでにじっとりと汗をかいてしまった。
息子の亀の動きに翻弄されつつ、ステータスを確認するように心を落ち着ける。
――どうやら、この世界では「小さな注意力」もステータスの一部であるらしい。
見守る力、指示を伝える力、落ち着いて行動する力――
すべて、母としてのステータスに直結する。
息子が手にしたチョコレートを食べる瞬間、その表情は真剣そのものだ。
小さな手が宝物を抱く様子を見て、心の中でステータスの回復を感じる。
幸福ポイント――確実に増加している。
帰り道、雨は弱まり、窓に落ちる雫は静かに光っていた。
ふと考えを巡らせる。
――クエストが始まると世界が変わるのは、“日常の小さな冒険”だけのようだ。
家事も、子どもの相手も、買い物も――
ちょっとした目的や課題が生まれた瞬間、私の目にはRPG風の情報が浮かび上がる。
しかし、クエストが終われば、現実に戻る。
これまで不意に現れた異世界体験は、すべてこの法則に沿っていた。
「なるほど……だから、体重計の冒険も、買い物の冒険も、あの小さな魔法も、同じ原理だ」
私は微笑み、心の中でステータスを確認する。
体力――十分に余裕あり。
精神――穏やか。
小さな冒険心――発動可能。
現実と異世界の境界
家に戻ると、雨は完全に止み、庭の緑がしっとりと光っていた。
窓から差し込む光で、世界は現実の日本に戻る。
息子は今日の戦利品のおやつを嬉しそうに食べ、
小さな日常の中で、異世界の記憶は静かに心に残り、私を少しだけ元気にする。
「今日のクエストは無事にクリア……疲れた、でも楽しかったかも?」
私はそっとつぶやく。
こうして、ちよは少しずつこの世界の法則に慣れ、
日常とRPG風異世界の切り替わりを自然に受け入れることを学ぶのだ。
明日もきっと、小さな冒険が待っている。
雨の日も、晴れの日も、子どもたちと過ごす毎日が、私にとっての本当の魔法――
日常の中のクエストである。