01 万年ダイエッター主婦、冒険に巻き込まれる
※筆者はRPGゲーム未経験です。
物語の中で登場する冒険やスキル、戦闘シーンは、ノリと想像で書いております。
「え、そんな展開ある?」と思われることもあるかもしれませんが、どうか温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
万年ダイエッタ主婦・ちよのドタバタRPG冒険、
肩の力を抜いて、笑っていただけたら幸いです。
わたしの名前は、ちよ。
二人の子を育て、田舎で義父母と同居している、ごく普通の主婦――いや、正しく言うなら「万年ダイエッター主婦」である。
元・看護師。いまは家事と育児に追われる、専業戦士。
これまで数えきれないほど「ダイエット」という名の冒険に出かけては、同じくらい数えきれないほど挫折してきた。
そして、そのたびに積み上がっていったものは……成果ではなく、贅肉。
「楽して痩せたい」
ずっとそう願ってきたけれど、最近はようやく「どうやって続けるか」が大事だと気づきかけている。
――ううん、正しくは、まだ“かけている”だけ。
その日も、わたしはいつものように洗濯物を片付けていた。
取り込んだばかりの洗濯物は、リビングのソファをすっかり埋め尽くす。
子どもの靴下は、どうしていつも片方だけ行方不明になるのだろう。
そして義母のブラウスがしれっと混ざっているのを見つけ、「これは洗い直した方がいいのかも」と一瞬悩んで、結局そのままたたむ。
しゃがんで靴下を拾おうとした瞬間――。
「うっ……」
お腹の肉が、見事に邪魔をしてきた。
おへそのあたりが折り重なって、呼吸まで圧迫される。
思わず「くるしい」と声が出そうになるほどだった。
嫌な予感がする。
あれはたしか、二週間前。体重は60キロちょうどだった。
……いやいや、そんな短期間で増えているわけがない。そう思いたい。
でも、どうしても気になってしまう。
自然と視線は、リビングの隅に置かれた体重計へ。
あれは、ラスボスの城門だ。
踏み込んでしまえば、現実という残酷な真実が待っている。
「昨日ちょっとお菓子食べただけ」
「唐揚げは4個しか食べてないし」
「三日前の夜食の焼きおにぎりは……あれは子どもに付き合っただけだし」
心の中で言い訳を並べながら、恐る恐る体重計に乗った。
……ギシッ。
「え、ちょっと待って。今の音、聞き捨てならないんだけど?」
恐る恐る、両足を揃える。
体重計の針が――
ギギギギギ……ギギ……
「やめて! その不吉な動きやめて!」
止まる……かと思いきや、さらにギギギッと進む針。
最後に――
ピタッ。
「……っ!」
表示された数字は、62.5キロ。
「えっ、うそでしょ⁉」
二週間前の記憶は確かに60キロだったはず。
わたしの目は、間違っていない。
なのに、なぜ2.5キロも増えているの。
頭を抱えるわたしに追い打ちをかける。
「ママ太ったね。でも、かわいいよ」
小一の娘に慰められる母って、どうなのだろう。
「かわいい」はありがたいけれど、「太ったね」をさらっと言うのはやめてほしい。
さらに追撃は三歳の息子。
お腹を太鼓代わりに叩き始めると、娘も加わって、二人で爆笑しながら「ポンポコポン!」「ドンドコドン!」と連打。
「やめんかー!」と抗議しても、無邪気な笑顔とリズム感の前では抵抗できない。
むしろ、即席の“家庭内和太鼓フェスティバル”が始まったような状態だ。
そして、締めは三歳息子の必殺技。
にっこり笑いながら、わたしのお腹の贅肉をハムハムと噛み始めた。
「こらっ!これ、痛くはないけど、屈辱感ハンパないんですけど!」
三歳息子の必殺技はさらにエスカレート。
にっこり笑いながら、わたしのお腹の贅肉に顔をうずめ――いや、まるで小さな潜水艦がもぐり込むかのように、頭がぐいぐい埋まっていく。
「潜水艦!」と、息子の声が聞こえそうな勢いだ。
思わず腕で阻止しようとするけれど、柔らかすぎる“贅肉海”に手がすべり、さらに笑いが加速。
気づけば娘も隣で大爆笑しながら参加してくる。
無理やりにでも笑わせにかかる二人の攻撃に、わたしはひとまず降参するしかなかった。
パンツのゴムも伸びてきたし、腰も痛いし……あ、これは本当にまずい。
そのとき、テレビから「メタファーで考える健康法!」という特集が流れてきた。
「人生をゲームに見立てて楽しむ」――専門家が真面目に語っている。
けれど疲れていたわたしは、うつろな目で聞き流すばかりだった。
「そんな上手いこといく?」と鼻で笑って、台所へ立つ。
その夜、不思議な夢を見た。
――RPGの夢。
ゲームをしたことがないわたしなのに、夢の中の世界は妙にリアルだった。
身近な人たち――家族、友人、学校の先生、スーパーの店員、市役所の人。
なぜかみんなが登場してきて、そこには得体の知れない魔獣たちもいた。
・体重計=ラスボスの城門
・冷蔵庫=モンスターの巣窟
・スーパーのお菓子コーナー=誘惑のダンジョン
さらに「三日坊主スライム」や「贅肉ゴーレム」まで。
極めつけは「唐揚げドラゴン」。
カリカリに揚がった翼を広げ、油の香りをまき散らしてくる。
こんなの、誰が勝てるの。
目を覚ましたとき、夢のことを笑い飛ばそうとした。
「変な夢みたなぁ」
そう思いながら洗面所へ向かうと――。
鏡の横に、謎の光がピコピコ点滅している。
「え、なにこれ」
そこへ娘がやってきて、最近ハマっているゲームのセリフを口にした。
「ママ、ステータスオープン!」
「はいはい、おはよう。ステータスオープンって、今日はどんな冒険に――」
冗談半分に返した、その瞬間。
――目の前にウィンドウが開いた。
そこには、わたしの体重、体脂肪、体力ゲージまでが表示されている。
「えっ? なにこれ」
娘はキョトンとしていて、どうやらわたしにしか見えていないようだ。
画面には、こう書かれていた。
『標準体重になるまで、この仕様は解除できません』
……ちょっと待って。標準体重まで、あと何キロだと思ってるの。
もしかして、これって一生終わらないんじゃ……?
混乱するわたしの前に、大きな文字が浮かび上がった。
――《万年ダイエッター主婦・ちよのダイエットRPG冒険章》
こうして、わたしの奇妙な冒険は幕を開けたのだった。