ロスト
およそ二万人の女性が、男からの執拗なストーキングに悩まされていた。警察に相談しても警察の動きは鈍く、被害がエスカレートして殺されてしまう女性もあとを絶たなかった。
痴漢の件数も多く、率にして全女性の九十五%が痴漢被害に遭っていた。電車内で女性が明らかに痴漢されていても、助けに入る人間は皆無だった。
家庭内でDVに苦しんでいる女性も多かった。何とか逃げ出したとしても、行政の支援は行き届かず、連れ戻されてもっとひどい目に遭わされる女性が数多くいた。
一人親世帯の女性も困窮していた。職に就けたとしても非正規雇用がいいところで、手取りのなかから子どもに満足に食事させてやることができなかった。
また、社会のなかでの女性差別もひどいもので、女性が生きやすい環境整備を訴えてもことごとく無視され、その上そんな声を挙げた女性たちを男たちは目の色を変えて攻撃した。
男たちは、女は男に隷属する存在でしかないとしか考えていなかった。女性がどれだけ苦しんでいようと、男たちは自分たち中心に社会が回っていることに満足していた。
ある日の晩、女性たちの額にあたたかで清澄な光が灯った。その光に、女性たちは苦しみが不思議と安らぐのを感じた。
「何、笑ってんだ!」
安らぎの表情を突然うかべた女性を、男は激高して殴った。女性は口を切って口から血を流したが、安らいだ表情はそのままだった。そして、女性はすいと部屋を出て行こうとした。
「おい、どこに行くんだ!」
男は、女性の腕をつかみ、引き戻そうとした。しかし、男の腕には何故か力が入らず、女性はするりと男の腕をほどき、部屋から出て行ってしまった。
「おいこら待てや!」
男は、すぐに女性のあとを追った。しかし、ドアの向こうに女性の姿はなかった。
同様に、ほかの女性たちも自分を苦しめている場所から何かに導かれるように立ち去って行った。女性をストーキングしていた男は、目の前で女性の姿がこつ然とかき消えてしまうのを目撃した。
「一体どうなっているんだ!」
パニックに陥った男たちは、ありとあらゆる手段を使ってありとあらゆる場所を探した。しかし、ただの一人も女性を見つけることはできなかった。
地球上から、すべての女性が消えた。赤ん坊からお年寄りまで、すべての女性が。
宇宙人の仕業か、天の思し召しか、それは誰にもわからなかった。
とり残された男たちは、茫然自失となって立ち尽くすしかなかった。
(了)