95.修学旅行
ロートシュタイン領の港を後にし、中型魔導車:コミューターに乗り込んだ一行は、街へと移動を開始した。
車内は、まさに修学旅行のバスの中のようだと、運転席のラルフは思った。窓の外の景色が、エルフたちの好奇心を刺激するたび、車内には甲高い歓声が響き渡る。
「領主さま! 領主さま! あれなんだべ?」
金色の髪を揺らしながら、ミュリエルが指さす先は、港から少し離れた場所にある大きな石造りの建物だった。
「あれは図書館ですよ。本を読んだり、無料で借りられたりする場所です」
ラルフが説明すると、エルフたちは一斉に目を輝かせた。
「本?!」
「本あるん?!」
どうやら、彼らも本の存在は知っているらしい。ただ、たまに冒険者が森に持ち込んだりする物くらいしか見たことがないようで、おそろしく希少な物という認識らしい。彼らの故郷では、文字を記す媒体も限られ、知識は口伝や、精々が樹皮に刻む程度だったのかもしれない。文明の利器である「本」が、これほど身近にあることに、彼らは心底驚いているようだった。
さらにコミューターが街へと進むと、今度は広大な畑が目に飛び込んできた。
「あっ、ほれっ、見てみった! あそこに畑あるねっかね?」
「んだなぁ! 何作ってんろねぇ?」
好奇心旺盛なエルフたちが、窓に顔を近づけて畑を覗き込む。
「あれはサトウキビ畑ですよ。甘い草で、砂糖の原料になります」
ラルフが説明すると、再びエルフたちは大きな声を上げた。
「甘い草なん、わざわざ育ててんだぁ! やっぱ人間って面白ぇねっか! あっはっはっはっはー」
朗らかな笑い声が車内に響き渡る。その無邪気な反応に、ラルフはなんだか頭が痛くなってきた。彼らの素朴な驚きは微笑ましいものの、そのたびに説明を求められ、独特の訛りで話されると、さすがのラルフも少しばかり疲れてしまうのだ。
コミューターが本格的に街中に入ってからが、また大騒ぎだった。
ロートシュタインの街並みは、王都ほどではないにしても、活気に満ちている。石畳の道を行き交う町人や、屈強な冒険者たちが、ラルフの運転するコミューターの窓に張り付くエルフたちの姿を見て、驚きの声を上げ始めた。
「えっ、エルフだ!」
「えー! 嘘だろ?!」
ざわめきが瞬く間に広がり、人々が足を止めてコミューターを指さす。彼らにとって、エルフは森の奥地の住人であり、このような街中で目にすることなどほとんどない。
「まーた領主さまが面白いことはじめなすったぜ!」
「おーし! 今夜も領主館集合な!」
好奇心旺盛な住民たちは、早くも今夜の宴を予感しているようだ。ロートシュタインの住民たちは、ラルフの突然の「サプライズ」にはもう慣れっこになっている。
エルフたちは、そんな街の人々の反応を楽しんでいるようだった。
窓の外に向かって、楽しげに手を振っている。彼らの純粋な笑顔と、街の人々の驚きと興奮が入り混じった声が、ロートシュタインの街に新たな活気を生み出していた。
(今夜の歓迎会も、きっとお祭り騒ぎなんだろうなぁ)
ラルフは、内心で諦めのため息をついた。居酒屋領主館は、今夜も人でごった返すことになるだろう。彼の頭の中では、すでに歓迎会の準備と、エルフたちの対応で、思考が高速回転し始めていた。
ふと、ラルフの頭に一つの疑問が浮かんだ。
そういえば、エルフたちはやはり肉や魚を食べない菜食主義なのだろうか? ファンタジー作品の定番といえばそうだが、はたして、彼らはこのロートシュタインで、どのような食生活を送ることになるのだろうか?




