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92.騎士爵の異常な愛情

 ある日、ロートシュタイン領の居酒屋領主館に、一本筋の通った騎士が訪れた。彼の名はマティヤス・カーライル騎士爵。

 彼は、豪快にビールを飲み、肉料理にかぶりついていたが、その視線は常に、周囲の客たちが腰から下げている得物へとさまよっていた。騎士爵は、生粋の刀剣マニアだった。


 酔いが回るにつれて、彼の「刀剣愛」は抑えきれなくなったようだ。我慢ならなくなったのか、遠慮なく周囲の客に話しかけ始めた。


「うーん……。美しい。これは銘はないにせよ、業物だな」


 カーライル騎士爵は、今、ポンコツラーメンの店主であるパメラが携行するショートソードを手に取り、うっとりとした表情で眺めている。

 パメラは冒険者も兼業しており、前衛役だ。自分の愛剣を褒められ、彼女はご満悦の表情を隠せない。


「わかりますぅ! いやー、わかっちゃいますかぁ! そーなんですそーなんですー!」


 パメラは興奮気味に、身振り手振りで自分の剣について語り始めた。


 そして、その光景を目の当たりにして、顔を真っ赤にして謝って回っているのは、この店の常連の一人、騎士のミラ・カーライルだ。彼女は、騎士爵の娘である。


「すみません! すみません! 父が本当にすみません!」


 ミラは、心底申し訳なさそうに客たちに頭を下げていた。


 実は、居酒屋領主館の主であるラルフと「サー・カーライル」には、意外な繋がりがあった。それは、四年前の共和国との間で起きた、凄惨な戦場でのことだ。しかし、ラルフはその時の事をあまり語りたがらない。その記憶は、彼の心の奥底に深く沈められている。


「ミラよ! こんな楽しい場所を隠しておるとは! なぜロートシュタインに固執するのか、やっとわかったわ!」


 カーライル騎士爵は、娘のそんな様子には気づかず、むしろ上機嫌で声をかけた。彼の認識では、娘がこの領地を気に入っているのは、騎士としての鍛錬に適した環境や、無銘の業物を持った冒険者が集まる酒場のおかげだと思っているらしい。


 いや。ミラのロートシュタイン固執の理由は、ひたすらにメシだ。剣ではない。

 彼女は「腹ペコ女騎士」という、本人が知らない恥ずかしい二つ名を持っているが、知らない方が幸せだろう。ラルフは、内心でそう思った。


「サー・カーライルどの。店内で振り回したりはしないでくださいよ」


 ラルフは、店の主として、釘を刺すように声をかけた。騎士爵が興奮のあまり、剣を振り回し始めることだけは避けたかった。


「わかっておる! わかっておる! ビール追加だ!」


 筋肉隆々の美丈夫であるカーライル騎士爵は、豪快な笑い声を上げながら、ラルフの注意を軽く受け流した。やはり、彼は飲むし、よく食べる。テーブルには骨付き肉が山と積まれている。


「ミラは、食べないの?」


 ラルフがミラの皿に目をやると、まだほとんど手がつけられていなかった。


「いや、父が、何をしでかすか。不安で食べる気にもならない」


 ミラは、疲れたようにため息をついた。そう言って、もうラーメン一杯とギョーザ二皿食ったけどな! とは、もちろん言わない。


「そう言えば、ドーソン公爵は剣はどうなのだ? お父上は剣の達人だったではないか!」


 騎士爵が、突然ラルフに話題を振ってきた。彼の剣への情熱は、対象を問わない。


「うーん。まあ、嗜む程度? ですかね。僕はあくまで魔導士なのでね。ただ、剣のコレクションは割と持ってますねぇ」


 ラルフは、曖昧な返事をした。剣術はあくまで護身術として習った程度だ。だが、剣を収集する謎の収集癖があることは確かだった。


「ほほぅ、少しで良いのだ、見せてはくれぬか?」


 騎士爵の目が、獲物を見つけた狩人のように輝いた。


 仕方なく、ラルフは執務室へと足を向けた。その奥には、彼の私物と称する物置がある。魔導具やら武器やら、どこから仕入れてきたのか分からないガラクタが山積みにされた、まさに坩堝のような場所だ。その中から、ラルフは一振りの剣を引っ張り出して持ってきた。それは、無銘ではあるが、禍々しいほどの魔力を秘めた業物だった。


「うぉおおおおお! これは、魔剣ではないか?! なんだこの拵え?! なんだこの魔力増幅装置はぁ?」


 カーライル騎士爵は、剣を見た途端、血相を変えて叫んだ。その剣から放たれる圧倒的な魔力と、見たことのない精巧な装飾に、痛く感動している。彼の瞳は、純粋な刀剣愛の炎に燃え盛っていた。


 数日後。


 ラルフの執務室に、再びカーライル騎士爵がやってきた。彼の顔には、新たな「ひらめき」に満ちた、どこか浮かれたような表情が浮かんでいる。


 で、彼の二千点にも及ぶ刀剣のコレクションを見せびらかす為の酒場を開業したい! などと、ラルフに相談してきた。


 騎士爵は、熱弁を振るいながら、その壮大な構想を語り始めた。彼の頭の中では、すでに理想の酒場が完成しているのだろう。しかし、ラルフの心境は一つだった。


 めんどくせ!

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