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9.ラーメン狂騒曲

 プレオープンは大成功を収め、居酒屋領主館は連日、客足が途絶えることがなかった。


 ラルフが想像していた以上に、この世界の住人たちは新しい味覚に飢えていたようだ。

 フライドチキンも餃子も、飛ぶように売れていく。フレーバービールは、貴族から庶民まで、多くの客を虜にしていた。


 そんなある日のこと。ラルフは厨房で、餃子の皮を大量に作っている孤児たちの手元を見ていた。

 薄く、しかししっかりとした弾力を持つ皮。それを見た瞬間、彼の頭の中に、まるで稲妻が走ったかのような閃きが訪れた。


「これ、ラーメン作れるんじゃね?」


 それは、ほんのちょっとの出来心だった。餃子の皮を応用すれば、麺が作れるのではないか。前世の記憶が、具体的な製法を呼び起こす。小麦粉に、この世界にある炭酸カリウムのようなもの(灰汁の代わりになるもの)を混ぜて練り、薄く伸ばして細切りにする。

そうと決まれば、ラルフはすぐさま試作に取り掛かった。


 夜な夜な厨房にこもり、アンナを巻き込みながら、麺の太さ、茹で時間、スープの試作を繰り返した。鶏ガラや豚骨(この世界では、どちらも食用にされず捨てられている)を煮込み、ハーブや香辛料で風味を整える。


 そして、居酒屋領主館の本格オープン当日。

 店の準備も整い、まだ客のいない開店前の厨房で、ラルフは湯気を立てる寸胴鍋を前に立っていた。


「さあ、みんな! 今日は特別だ!」


 ラルフの掛け声に、孤児たちが目を輝かせながら集まってくる。彼らの今日の賄いは、ラルフが夜な夜な開発した、この世界初のラーメンだ。


 丼の中に、細く、しかしコシのある麺が盛られ、琥珀色のスープが注がれる。その上に、薄切りのオーク肉と、茹でた青菜が乗せられた。香ばしい湯気が、部屋中に広がる。


「うわー!」「いい匂い!」「これ、なんだー?」


 子供たちは、見たことのない奇妙な麺料理に興味津々だ。箸の代わりに、スプーンとフォークを使って、ぎこちなく麺をすすり始める。


「んんんー!」

「おいしいー!」

「これ、あったかーい!」


 子供たちの顔が、みるみるうちに笑顔で満たされていく。ハルは、猫耳をぴこぴこさせながら、夢中になってスープを飲み干していた。ミンネもまた、普段の控えめさからは想像できないほど、勢いよく麺をすすっている。


 ラルフは、その光景を満足げに眺めていた。やはり、この味は間違いない。


 その時、店の扉がガラリと開き、一番乗りで冒険者たちがなだれ込んできた。彼らは、開店と同時に一番乗りで酒と料理にありつこうと、店の前で待機していたのだ。


「いらっしゃいませー!」


 アンナの明るい声が響く。冒険者たちが、それぞれ席に着こうとした、その瞬間だった。

 彼らの嗅覚が、厨房から漂ってくる、今まで嗅いだことのない魅惑的な香りを捉えた。そして、その香りの元を辿ると、テーブルで、子供たちが、奇妙な麺料理を夢中になって食べているのが目に飛び込んできた。


「おい、あれはなんだ?」

「見たことねぇ料理だぞ!」

「くっそ、美味そうな匂いがする!」


 屈強な冒険者たちが、子供たちが食べているラーメンに釘付けになった。


 その中の一人、屈強な戦士が、ラルフの元へと歩み寄ってきた。


「おい、領主様! その、ガキどもが食ってる奇妙な麺料理! 俺もそれを食べてみたいんだが?」


その言葉を皮切りに、店内にいた他の冒険者や、早々に来店していた商人たちも、ざわめき始めた。


「俺もだ!」「俺も食いたい!」「なんだあれは、一体何なんだ!?」


 ラルフは、内心でニヤリと笑った。思った通りの展開だ。


「ああ、これはね、今日は特別に子供たちの賄いなんだ。まだメニューにはないんだが……」


 ラルフがそう答えると、冒険者たちは不満そうな顔をした。


「なんだと!? ケチなこと言うな!」「金はいくらでも払う!」「出してくれよ!」


 彼らは、まるで飢えた獣のように、ラーメンを求めていた。


 ラルフは、彼らの熱狂ぶりを見て、わざとらしくため息をついた。


「はぁ……仕方ないな。今日だけ特別だ。ただし、数に限りがあるから、早い者勝ちだぞ!」


 ラルフの言葉に、店内の興奮は頂点に達した。


「やったー!」「俺にくれ!」「金ならあるぜ!」

そこからは、まさにラーメン狂騒曲とでも呼ぶべき大騒動だった。


「領主様、あの不思議な麺料理をくれ!」

「俺にもだ!」「スープがたまらねぇ!」


 注文が殺到し、厨房は一気にパンク状態に陥った。ラルフは、ひたすら麺を茹で、スープを注ぎ、トッピングを乗せていく。ミンネとハルは、必死で具材の準備を手伝っていたが、その速度は追いつかない。


「ラルフ様! 麺が足りません!」

「スープも底をつきそうです!」


 アンナが、顔を青ざめながら叫ぶ。普段の営業とは比べ物にならないほどの、凄まじい熱気と喧騒が店内に満ちていた。


「くそっ、こんなにウケるとはな!」


 ラルフは、額の汗を拭いながらも、その顔には充実した笑みが浮かんでいた。この日、居酒屋領主館は、新たな伝説の始まりを告げた。そして、この異世界に、ラーメンという新たな食文化が、その第一歩を刻んだのである。


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