81.だんご、だんご、だんご
水上マーケットの喧騒を背に、一行は建設中の王族専用別荘へと小舟を寄せた。
湖面に映る優美な姿は、現実離れした美しさをたたえている。まだ真新しい木の香りが漂う離宮の水上広間では、クレア王妃がすでに豪華な椅子に座り、膝の上にはミンネとハルが仲良くちょこんと乗せられていた。
妃殿下はご満悦な表情で、片手でハルの猫耳をコチョコチョと優しくいじっており、ハルは少しだけ迷惑そうな、しかしどこか嬉しそうな顔で、目を細めている。
「どうぞ。お気に召して頂けましたら幸いです」
ラルフはそう言って、手土産の木箱を差し出した。彼の顔には、どこか緊張と期待が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。
「あらぁ、ありがとう。気を使わせてしまったみたいね?」
彼女は優雅に微笑みながら、差し出された木箱に目を向けた。その視線は、まだ中身を知らないながらも、すでに好奇心に満ちている。
「ミンネたちも手伝いました!」
ミンネが胸を張り、得意げに叫んだ。その言葉に、クレアはますます嬉しそうに目を細める。
その間に、アンナは王妃の御付きのメイドたちに、持参した特別な茶葉と道具を使って、お茶の淹れ方を丁寧にレクチャーしていた。簡素ながらも、ひそやかなお茶会の準備が進む。
ラルフは、勧められたソファに深く腰掛け、ふと外の水面を見つめた。きらめく湖上を滑ってくる清かな風が頬を撫で、心地よい。ふと、前世の記憶が蘇る。日本の夏も、こんな風に水辺の風が涼しさを運んできてくれたものだ。そろそろ、暑くなる季節か、と彼は思った。
「お待たせいたしました」
メイドたちが、ラルフが持参したお茶と甘味を運んできた。盆の上には、見慣れない緑色の飲み物と、串に刺さった丸い菓子が並んでいる。
「まあ! これは、新しいお菓子?」
クレアは目を輝かせ、身を乗り出すようにして盆の中を覗き込んだ。その表情は、まるで初めて見る宝物を見つけた子供のようだ。
「そのとおりです。海賊公社が輸入してくる食材の中に、色々と珍しいものがありまして。試しに作ってみました」
ラルフは少しだけ得意げに答えた。彼の胸には、秘めたる自信が宿っている。
「これは。なんという名前のお菓子なの?」
クレア王妃はさらに興味津々といった様子だ。
「これは、お団子です」
ラルフがそう告げると、彼女は目を丸くした。
「おだんご?! そして、お茶は、あら? 冷たいお茶なのね? 気がきいてるじゃない! それにしても、かなり緑色ね? まるで草の煮汁みたいだわ」
彼女の率直な感想に、ラルフは苦笑した。
「緑茶です。沸かさずにじっくりじっくり水出ししたものを、氷を入れて冷やしました。是非お試しを」
ラルフは勧めると、クレア王妃は少し躊躇いがちに、冷たい緑茶に口をつけた。
「うん。うーん? うん! 苦い! けど少し甘い! そして草原を吹き抜ける風のような爽やかさだわ」
彼女の瞳がぱっと輝いた。初めて体験する味わいに、彼女は驚きと喜びを隠せない。
「どうぞ。お団子もお試しあれ」
ラルフは続けて、お団子を勧めた。
「これは、もしかして、お米を使ったお菓子?」
王妃は串に刺さった白い団子をじっと見つめ、そう尋ねた。その観察眼に、ラルフは内心感心する。
「はい。一つは、焼団子。そのままの風味をお楽しみ下さい」
クレア王妃は焼団子を一口食べた。
「うん! ほのかに甘い! そして、お食事をしてるみたいな満足感」
意外な感想に、ラルフは微笑んだ。
「甘味は足していません。むしろ、塩を僅かに振っています」
「えっ! でも、確かに甘いわよ」
クレアは驚いたように目を見開いた。彼女の表情には、ラルフの言葉への疑念と、不思議さが入り混じっている。
「それは、お米、本来の甘さです。少量の塩が甘さを引き立てるのです」
ラルフの言葉に、クレアは感銘を受けたような表情を浮かべた。やはり、この男は天才なのだ、と彼女は思った。彼の生み出すものは、常に常識を覆し、新たな発見をもたらす。
「次は、なんだかドロっとしたスープがかかってるわ」
次の団子に目を向けた。茶色くとろみのあるタレがかかっている。
「それは、みたらし団子です。魚醤と砂糖、葡萄酒で作ったタレです」
ラルフが説明すると、王妃は再び一口。
「まあ! これは、甘い! 甘いけど、ちょっとしょっぱい!」
その絶妙な甘じょっぱさに、クレアの顔が綻んだ。そこで、彼女は冷たい抹茶を一口飲んだ。また口の中に春風のような風味が流れ込み、みたらし団子の甘さと、米のどっしりとした重さを洗い流してゆく。味覚がリセットされ、次なる味への期待が高まる。
「最後が、あん団子ですね。甘く煮てすり潰した豆を漉したものがかかってます」
ラルフは、この世界で小豆に似た豆を発見していた。甘い豆という感覚が、この世界の人々に馴染まないかもしれないと考え、より滑らかなこし餡を採用したのだ。
クレア王妃は最後のお団子を口に運び、ゆっくりと味わった。
「美味しい! 本当に美味しいわ! 是非、ここが完成した暁には、ラルフ・ドーソン公爵に、お茶会の主催をお願いしたいわ!」
その熱烈な誘いに、ラルフは心の中で「やはり。そうなるか」と肩を落とした。
また一つ、面倒な仕事が増える予感に、彼の顔に疲労の色がよぎる。
クレア王妃は、そんなラルフの心中を知る由もなく、膝に座らせたミンネに、「あーん!」と言って、あん団子を食べさせようとしている。
ミンネは困ったような目をラルフに投げかけてきたが、ラルフは「頑張れ」とばかりに手のひらをヒラヒラさせて、その助けを拒んだ。
子供たちの可愛らしい光景に、ラルフは束の間の安らぎを感じるのだった。




