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79.王族が別荘を建てるそうですよ

 ロートシュタイン領主、ラルフ・ドーソン公爵の午前中は、いつも通り完璧に終わった。

 山積みの書類を片付け、優雅なティータイム。陽光が差し込む執務室で、彼はメイドのアンナが淹れてくれた紅茶を一口啜った。


「うむ。アンナ、素晴らしい香りだ。……これは東大陸のペルドゥス地方の茶葉だね?」


 ラルフは自信満々に言った。


「いいえ、旦那様。ここ、ロートシュタイン領で採れた茶葉です」


 アンナは表情一つ変えずに答えた。その無表情さが、ラルフの言葉の根拠のなさを際立たせる。


「……ふん。ハッハッハッハッ! ……そうだと思ったよ!」


 ラルフは乾いた笑いを漏らした。強がってみせるが、内心は居た堪れない。

 アンナの淡々とした返答は、ラルフの胸に余計に痛々しいものが込み上げてくる。このメイドには、なぜかいつも見透かされている気がするのだ。

 と、その時、執務室のドアが勢いよく開いた。


「ぐぬぅ、三連単軸一頭流し……、堅いはずの勝負だったってのにー!」


 そう呟きながら現れたのは、金髪のドリルツインテールを揺らしながらプリプリしているエリカだ。彼女はラルフが導入した公営競馬にどっぷりハマっているらしい。そして、今日はどうやら負けたようだ。


「お前、また何しに来たんだ?」


 ラルフは呆れたように尋ねた。エリカはいつも用事もないのに、執務室のソファーでゴロゴロしている。一応、ロートシュタイン領の外務担当という肩書きは持っているのだが、


「まだ、この『制空と冷徹のフローラ』、読んでる途中なのよね」


 エリカはそう言うと、ラルフの本棚から勝手に一冊の本を取り出し、いつものようにソファーに寝っ転がった。そして、パラパラとページをめくり始める。彼女だけは、器用にワークライフバランスを楽しんでいるようだ。奴隷のクセにな! とラルフは思ったが、口には出さないことにした。


 そんな自由気ままなエリカを横目に、アンナが口を開いた。


「そういえば、あの水上都市に王族専用の別荘を建てるそうですが、ロートシュタイン領としては何かお手伝いしないのですか?」


 その言葉に、ラルフは一瞬固まった。


「しなくていいんじゃない? 特に何も言われてないし」


 彼は気のない返事をした。王族の別荘建設など、自分が関わる必要はないだろう、と。


「本当に、そうですか?」


 アンナの問いかけは、ラルフの心にふつふつとした不安を湧き上がらせた。あの国王、ウラデュウス・フォン・バランタインのことだ。きっとまた、何も音沙汰なく事が過ぎるのを待てば、「挨拶がない!」だの、「完成式典の一つでもしろ!」だの、「献上品をよこせ!」だの、面倒くさいことを言ってきそうだ。

 仮にもお忍びでは「飲み友達のオジサン」という関係ではあるが、公務となると話は別だ。あの国王の性格を知るラルフとしては、念には念を入れるべきだろう。


「一応、見に行くだけ。見に行ってみるか」


 ラルフは渋々といった表情で言った。どうせ行くなら、少しでも気が楽な方を選ぶ。


「工事はかなり進んでいるようです。今は、クレア妃殿下が現地に入っているようですね」


 アンナの言葉に、ラルフの顔に一筋の光明が差した。


「あらまぁ……。じゃ、ハルとミンネも連れて行こう」


 ハルは特に、王女殿下のお気に入りだ。生来、モフモフしたものを愛でる彼女は、猫耳獣人であるハルをいたく気に入っている。そして、ミンネは人族だが、ハルと並ぶとまるで双子のような可愛らしさがあり、王女は二人とも養子に迎える! と、とんでもないことを度々口にしているのだ。きっと、あの二人がいれば、面倒な王族とのやり取りも少しは和らぐだろう。それに、子供たちにもたまには気分転換が必要だ。


「いってらっさーい」


 ソファーで寝っ転がっていたエリカが、どこからか取り出したカレー煎餅をバリバリと音を立てて食べながら言った。


「お前は居酒屋の開店準備ちゃんとやっとけよ!」


 ラルフはそう言い残し、アンナと、そして子供たちを連れて水上都市へと向かうべく、執務室を後にした。

 残されたエリカは、煎餅の袋をガサガサと音を立てながら、再び本の世界へと没入していった。


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