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78.娯楽にも、革命を!

 ラルフ・ドーソン公爵は、現状の打開策を真剣に考えていた。

 このままでは、領地の若者たちが「働くこと」以外の生き方を知らず、いつか心身を病んでしまうかもしれない。彼らに必要なのは、ただ休むことではない。「余暇」の楽しさ、そして自己成長の喜びを知ることだ。


「まずは娯楽が必要だ!」


 ラルフはそう結論付けた。娯楽といえば、公営ギャンブルだ!

 そう、彼が前世で培った、良くも悪くも多岐にわたる知識の中から、最も手っ取り早く思いついたのがそれだった。この発想自体に、前世のラルフの「クズっぷり」が色濃く反映されていることは、彼自身も薄々気づいていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 ラルフは、自慢の魔導車(試作参号機:ロードスター)をぶっ飛ばして王都へと向かった。その途中で巻き起こす風圧と轟音に、街道を行く人々は驚きと畏敬の眼差しを向ける。そして、王都に到着するや否や、宰相のニコラウスとの面談を、またもや無理矢理取り付けた。


「宰相閣下、今回はですね、ぜひロートシュタイン領と王都を結ぶ街道のちょうど中間地点に、"競馬場"を建設したいんです!」


 ラルフは熱弁を振るった。

 彼の提案は、王国の隅々にまで広がるグルメ革命とその発展からの恩恵をあまり得られず、ラルフに嫉妬の目を向けていた貴族たちを、言葉巧みに巻き込むものだった。

 この公営ギャンブルの利権を彼らに握らせることで、運営を任せる。これは、彼らの不満を和らげ、かつ新たな収入源を提供する、まさに一石二鳥の策だった。

 さらに、魔導車の普及が進み始め、各地で馬車屋が稼げなくなり、大量の馬が余っているという状況があった。魔導車に設備投資できないような弱小の馬車屋は、路頭に迷う寸前だったが、ラルフの提案により、彼らは馬主という新たな職にジョブチェンジする道が開かれた。競馬は、彼らにとってまさに救いの手だった。


「おっしゃー! 次いくぞ!」


 競馬場の建設が滞りなく進み始めたことを確認すると、ラルフは次の計画に取り掛かろうと気合を入れた。その時だった。


「また何か面白そうなことをしているな?」


 背後から、朗らかな声が聞こえた。


「げっ! 国王さま?!」


 振り向けば、いつものようにどこからともなく嗅ぎつけてきた国王ウラデュウス・フォン・バランタインが、にこやかな笑顔で立っていた。まるで、面白いことには必ず顔を出すのが国王の務めとでも言わんばかりだ。ラルフはため息をつきつつも、彼の行動力には感服せざるを得なかった。


「次は、アクティビティだ!」


 ラルフは国王を伴い、次の目的地へと向かった。この世界には、最高の、そして命がけのアクティビティがある。

 それは、冒険者だ! 

 魔獣を狩り、ダンジョンに潜り、一攫千金を手にする。そんな夢を抱く者は多い。


 ラルフは冒険者ギルドに掛け合い、"冒険者体験コース"なるものを設立した。ベテラン冒険者が随伴し、未経験者でもルーキー冒険者の真似事ができる画期的なコースだ。

 平原でホーンラビットを狩ったり、森で薬草採集をしたり、ダンジョンの一回層までなら降りられたり。この施策は、万年人手不足に悩む冒険者ギルドから大変に喜ばれた。将来性のある有能な若者を青田買いできる可能性を秘めているからだ。


 次に、ラルフはロートシュタイン領に、誰もが利用できる巨大な図書館を建設した。

 入館料も無料、貸し出しも無料という、この世界では考えられない太っ腹な施策だ。

 株式会社グルメギルド出版の元孤児たち、ヨハン、カイリー、ヘンリエッタが自重せずに、好き勝手に出版しまくっているものだから、領主館の蔵書は爆増していた。

 この世界では、印刷技術がまだ発達しておらず、本は写本師たちが手書きしているため、紙媒体は高級品だ。それを民衆にも広く無料で貸し出すというラルフの行動に、国王もアンナも呆れ顔だったが、ラルフは気にしない。知識は、誰にでも等しく与えられるべきだ。


 次にラルフが目を付けたのは、職人街だ。

 ドワーフたちの工房が軒を連ねるこの場所で、ラルフは"ものづくり体験コース"を打診して回った。

 陶芸、ガラス細工、鍛冶、木工。様々な工房を巡り、職人たちに協力を求めた。


 意外にも、この提案は貧乏貴族の次男や三男といった、家名を継げる可能性の低い者たちに大いに受けた。彼らは、家柄だけでは生きていけないことを理解しており、何らかの手に職を付けて、安定した収入を得て暮らしていきたいと考えている者が多かったのだ。

 職人の技を体験し、将来の選択肢を広げる機会として、このコースは人気を博した。


 そして、最後にラルフが取り組んだのは、芸術、アートだ。

 この世界では、まだまだアートは民衆に開かれていない。貴族の肖像画を描くか、教会に所属し宗教画を描く者たちしか稼げないのが現状だった。

 ラルフは、新たなアート作品のオークション会場を開設した。

 そして、自らがその場で模範を示した。オークションの最初の作品として、ラルフは居酒屋領主館に飾る為の絵を、金貨百枚という破格の値段で落札してみせた。

 その絵は、木の板に炭で描かれた、水上都市のマーケットの絵だ。朴訥な筆致と、牧歌的な風景がマッチしていて、なんとも言えぬ味がある。

 これを描いたのは、農村出身の、まだ十代前半の少年だった。

 このラルフの行動をきっかけに、一気にアート市場が花開いた。芸術に触れる機会がなかった民衆の間にも、新たな文化の波が押し寄せたのだ。

 

 

 様々な「余暇の楽しみ方」を整え、意気揚々と領主館に戻ったラルフは、ミンネとハルを見つけ、満面の笑みで呼びかけた。


「さぁ、ミンネ! ハル! 好きなことをしていいんだぞ!」


 ラルフは期待に胸を膨らませて二人の返事を待った。

 きっと、競馬場で"推しの馬"を応援したいとか、冒険者体験でホーンラビットを狩りたいとか、図書館で本を読みたいとか、工房で何かを作りたいとか、言ってくれるに違いない。


 しかし、二人の答えは、ラルフの予想とは全く異なるものだった。


「うーん……」

「うーん……」


 二人は揃って腕を組み、真剣な表情で悩んでいる。そして、同時に顔を上げ、


「私、あの、イエケーラーメンが作れるようになりたい」


 ミンネが言った。続いてハルが、猫耳をぴくりと揺らしながら続けた。


「私は、もっと上手に、プリンが作れるようになりたい」


 ラルフは、がっくし。と肩を落とした。

 彼女らの目の前には、広大な娯楽の世界が広がっているというのに、結局、求めるものは、ラルフのグルメなのだ。

 いや、むしろ、ラルフの生み出した料理を、自分たちの手で作りたいという、健全な向上心と言えるのかもしれない。しかし、ラルフとしては、もっとこう、羽目を外して遊んでほしかったのだが……。

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