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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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76/258

76.居酒屋領主は、休みたい!

 ロートシュタイン領主、ラルフ・ドーソン公爵の朝は、いつも決まって遅い。


 毎晩、自らが経営する居酒屋領主館の賑やかな客席で、美味しい酒と旨い肴に舌鼓を打ち、常連客と騒ぎ、気づけば酔いつぶれている。

 太陽が空高く昇り、その光が領主館の窓から差し込む頃になって、ようやくラルフはもぞもぞと重い体を起こし始めるのだった。


 ぼんやりとした意識のまま、ラルフは執務室へと向かう。普段着である作務衣姿に寝癖もそのまま。しかし、ひとたび執務机に座れば、その顔つきは一変する。山積みの書類の山を前に、ラルフの瞳は鋭く輝き、ペンを走らせる手は淀みない。


 転生時に特別なスキルを与えられたわけではない。だが、前世で培った知識と経験は、紛れもない彼自身の武器だ。広告代理店で事務経理から営業まで幅広くこなしていた前世の経験が、この異世界でまさかこれほど役立つとは、当時のラルフは想像だにしなかっただろう。

 午前中で膨大な書類仕事を完璧に片付けてしまうその手腕は、他領の文官たちも舌を巻くほどだ。


 昼を過ぎ、ようやく午前中の仕事を終えて一息ついた頃、コンコンコンと控えめなノックが響いた。


「旦那様、失礼いたします」


 澄んだ声と共に現れたのは、専属メイドのアンナだ。いつも通り、きちんと整えられたメイド服に身を包んだ彼女は、どこか呆れたような、それでいて親愛のこもった視線をラルフへと向けた。


「旦那様、寝癖が」


「ああ」


 ラルフは気のない返事をすると、乱れた髪を手で撫でつけた。鏡を見る暇もなかったが、どうせひどい有様だろう。


「それにしても、なんか長期休みでも取りたいなぁ」


 ラルフがぽつりと呟くと、アンナはきっぱりと言い放った。


「無理です。暴動が起きますよ」


「ぐふっ!」


 ラルフは思わず噎せた。アンナの言葉は、決して大袈裟な表現ではない。想像に難くないのだ。

 ラルフがこのロートシュタイン領で異世界グルメを普及させ始めてから、一年ほどが経った。最初の頃こそ「奇妙な食べ物」と訝しげな視線を向けられていたが、今では王都にまでそのブームは波及し、彼の料理は多くの人々に愛される存在となっていた。


 特に、"シメの一杯"として居酒屋領主館で提供されるラーメンは、もはや社会現象と呼べるほどの人気を博している。熱狂的なファン、もとい、ラーメン中毒者とでも呼ぶべき輩が領地中に溢れているのだ。

 彼らにとって、居酒屋領主館で食べる、ラルフ特製のラーメンこそが至高であり、それがなければ一日を終えられないという者までいる始末。もし、ラルフが長期で居酒屋を閉めでもしたら、彼らがどのような反応をするか。考えるだけでも恐ろしい。


「だよなぁ……」


 ラルフは深くため息をついた。ラーメンだけでなく、フライドチキンや餃子、たこ焼きにお好み焼き。果てはプリンやチョコレートといった甘味まで、ラルフが次々と生み出す異世界グルメは、この世界の食文化に革命を起こしたと言っても過言ではない。それらの料理を求めて、連日領主館はごった返し、客足は途絶えることがない。


「居酒屋の従業員だって、そろそろ休ませてやりたいんだがな……」


 居酒屋領主館の運営を主に担っているのは、領主館で雇っているメイドたちと、ラルフが孤児院から引き取った子供たちだ。彼らも昼夜を問わず働き詰めなのだ。


「皆に交代で長期休暇を取らせてやれるように、シフト調整でもしようかなぁ」


 ラルフがそう提案すると、アンナは冷静に首を横に振った。


「旦那様に限っては、しばらくは無理でしょうね」


「ぐはっ!」


 アンナの言葉は、これまた的を射ていた。


 思えば、ラルフは文字通り奔走し続けてきた。居酒屋領主館の経営に加えて、観光地の創生、コンクリートの発明によるインフラ整備、さらには魔導車の発明と実用化。街道の整備に、記念式典の主催。挙げればキリがないほどだ。


 彼の多才さと行動力は、瞬く間に貴族社会に広まり、今や王都の貴族たちからもひっきりなしに様々な依頼が舞い込んでいる。領地経営にとどまらず、まるで何でも屋のような状態になっていた。


「もはや、異世界グルメ領主というより、異世界何でも屋領主だな」


 ラルフは苦笑いする。


「まあ、とにかく。長期休暇の調整だ。従業員には有給制を導入するぞ。アンナ、シフト表を持ってきてくれ」


「ゆうきゅう、とは?」


 アンナは聞き慣れない言葉に、首を傾げた。


「休んでても、給料は払うってことだよ」


 ラルフがそう説明すると、アンナの顔に困惑の色が浮かんだ。「何を言っているのだ、旦那様は」とでも言いたげな表情だ。この世界に、働かずに給料をもらうという概念はなかったのだろう。


「旦那様、それは、その……」


 アンナは言葉を探すように口を開きかけたが、結局は何も言えずに口を閉じた。領主が言うことなのだから、従うしかない。アンナはため息をつくと、執務室を後にした。


 アンナが去った後、ラルフは一人、机に突っ伏した。


「はぁ、本当に休みたい……」


 異世界に転生して、贅沢三昧のぐうたら生活を送るはずだったのに、なぜこうも忙しいのか。前世で社畜だった反動か、と自嘲気味に笑った。

 しかし、領地が発展し、人々が笑顔で彼の料理を囲む姿を見ると、やはり悪い気はしない。

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