75.また変わらぬ厄介な日常へ
「これでしばらくは厄介事から解放されるな!」
執務室でラルフは、大の字になって叫んだ。数ヶ月にわたる街道整備と、それに続く王都での祭り騒ぎが終わり、ようやく一息つけるとでも言いたげな表情だ。
「何が厄介事だって?」
突然の声に、ラルフは思わず身を固くした。振り向けば、なぜか国王ウラデュウスが、執務室で赤ワインを煽っている。彼の顔には、どこか呆れたような笑みが浮かんでいた。街道整備が進み、魔導車が普及すれば、王都とロートシュタイン間の距離は劇的に縮まる。そして、それに伴い、こうした「厄介事」も増えるのは必然だった。
「旦那様、他領の伯爵や子爵様方から、収穫祭や娘の婚姻パーティー、果てはお茶会の主催代行。あとは、地場産業の宣伝などの要請が届いてますよ」
アンナが、分厚い書類の束を抱えて入ってきた。彼女の言葉に、ラルフの顔はみるみるうちに青ざめていく。
「ぐぬぅ、もはや。ゼネコンなのか、イベント運営なのか、広告代理店なのか、わけがわからん!」
ラルフは頭を抱えた。彼の言葉は、この世界の住人である国王もアンナも、まったく理解できない。「ゼネコン」「イベント運営」「広告代理店」など、彼らにとっては未知の概念だ。ただ、ラルフが心底困惑していることだけは伝わってきた。
「だいたい! こちらはしがないただの居酒屋の経営者だぞ!」
ラルフが叫んだ。彼の本質は、あくまで居酒屋「領主館」の店主にある。
「いいえ!」とアンナが、きっぱりと否定した。
「お前は領主だ!」と国王も、追い打ちをかけるように言った。
「おっと、そうだった!」
ラルフは、ハッとしたように呟いた。あまりに居酒屋経営に没頭しすぎて、自分の本業を忘れかけていたようだ。
「とにかく。この前の式典で、領地の運営資金は空っぽですよ?」
アンナが、現実的な問題を突きつけた。王都での祭りクジや、豪勢な式典の費用で、ロートシュタイン領の予算は底をついていた。
「知らんがな。すぐに溜まるだろ」
ラルフは、全く気にする様子もなくそう言った。彼の言葉には、根拠のない自信が満ち溢れている。だが、これまでの実績を考えれば、その自信もあながち間違いではないのかもしれない。
「まあ、そんな気はしますね」
アンナも、もはや諦め顔で頷いた。ラルフが何かとんでもないことを仕掛けて、すぐに資金を回復させてしまうだろう、という予感が彼女にはあった。
「とにかく、居酒屋のオープンだ。下に行こう。皆待ってる」
ラルフは、立ち上がると、居酒屋領主館の開店準備のために執務室を出て行った。彼の頭の中は、すでに次の「美味い」革命へと向かっているようだった。厄介事から解放されるどころか、彼の周りには、これからも次々と新たな「厄介事」が舞い込んでくることだろう。しかし、それがラルフ・ドーソンの日常であり、悲しいことに、ロートシュタインの活力の源なのだ。