73.ハズレクジ
メインステージの熱狂にも負けず劣らず、祭りの一角にある祭りクジの屋台は、さらに大きな歓声に包まれていた。
チリンチリンチリン♪
派手な鈴の音が鳴り響く。
「はい! 出ましたぁ! 大当たりー!
新型魔導車"クーパー"でぇす!」
ラルフの威勢の良い声が響くと、クジを引いた客は目を丸くし、そして信じられないといった様子で叫んだ。
「はあああ!? 魔導車っあ! 貰えるのかよ?! うぉおおおおおお!」
彼は、周囲の羨望の眼差しを一身に浴びながら、興奮冷めやらぬ様子で景品の魔導車を見つめていた。
「はい、次のお客さん!」
ステージでの仕切りから解放されたラルフが、なぜか自ら店番をしている。その手際の良さと、軽妙な口上は、まるで長年屋台を営んでいるベテランのようだ。
「なにやってるんだ?」
声をかけてきたのは、ラルフの同級生だった、ミハエル王子だ。彼は、興味津々といった様子で屋台を覗き込んでいる。
「おや? ミハエル。やるの?」
ラルフは、にこやかにミハエルに誘いかけた。
「さっきから見ていたが、"当たり"しかないではないか?」
ミハエルは、眉をひそめて尋ねた。明らかに、このクジは通常のそれとは異なる。
「いいのいいの。祭りだし。……足らなくなったらハズレ足すだけの阿漕な商売はせんのよ」
ラルフは、悪びれる様子もなくそう言った。彼の頭の中には、損得勘定よりも、祭りを楽しむことだけなようだ。
ミハエルは、半信半疑ながらも銀貨一枚を払い、クジを引いた。
チリンチリンチリン♪
再び、派手な鈴の音が鳴り響く。
「はい! 出ましたぁ! 大当たりー!
新型魔導車"ネクサス2"でぇす!」
ラルフは、マジックバッグから景品である最新型の魔導車をぼんっと出した。流線形のボディに、漆黒の塗装。見る者を惹きつけるその姿に、ミハエルは目を輝かせた。
「うぉーーーー! カッコいい! これ乗って帰っていいの? ねぇ! 乗っていい?!」
普段は冷静沈着なミハエル王子も、目の前のクールな魔導車には抗えなかったようだ。やはり、男の子はカッコいいモノに目がないのだ。彼の顔には、年相応の少年の表情が浮かんでいる。
正直、こんな商売をしても赤字なだけだが、ロートシュタイン領の運営費が滞留して仕方ないので、こういう時に吐き出すしかないのだ。ラルフの脳裏には、金余りの現状と、それを解消するための苦肉の策が巡っていた。
「はい! 次のお客さん!」
ラルフの呼び声に、人々が殺到する。
「よっしゃ!魔導車、魔導車ぁ!」
誰もが魔導車を狙ってクジを引く。
「あらぁ、お客さん。残念。五等です。フレーバービール一樽ですね」
クジを引いた女性が、残念そうな顔をしていると、隣の男性が突っ込んだ。
「いや、じゅうぶんに元取れとんがな?!」
フレーバービール一樽は、銀貨一枚どころか、それ以上の価値がある。
「ちなみに、ハズレはロートシュタイン領、二泊三日の旅行券です」
ラルフが、当たり前のようにそう付け加えると、人々の熱狂はさらに高まった。
「あっ、行きたい! 行きたい! 私、ロートシュタイン行きたい!」
旅行券を手に入れた人々は、フレーバービールを手に入れた人々以上に興奮しているようだった。ロートシュタイン領は、今や美食と奇妙な観光地の代名詞となっていた。
「はいはい。どうぞ。銀貨一枚ね。クジひいて……はい、残念。二等の、最新魔導二輪車"スクラバー"ですね。これに乗って、ロートシュタインに来てくださいね」
魔導二輪車、通称"スクラバー"は、その機動性とスタイリッシュなデザインで、ラルフが開発に関わっていたが、つい最近やっと完成した最新のもので、まだ王族たちですら持っていない。
「いや! だから、豪華すぎるって?!」
周囲からは、ツッコミの声が上がった。この祭りクジは、ハズレが豪華すぎるのだ。しかし、誰もがその「ハズレ」を喜び、この奇妙な祭りの虜になっていた。ラルフは、王都の人々の心を掴むことに、見事に成功したようだった。




