72.フェス
巨大なファット・ローダーが次々と王都の中に進入してくる。その威容は、王都の人々に畏敬の念を抱かせた。
そして、荷台からは続々とロートシュタインの人々や、屋台の什器が降りてくる。
彼らは恐ろしいほどの手際で屋台を組み上げ、あっという間に祭り会場が形を成していく。寸胴鍋が並び、香ばしい匂いが漂い、色とりどりの提灯が飾られていく。その様子は、まるで長年培われた熟練の技とチームワークがなせる業だった。
その様子を見ていた宰相のニコラウスは、冷や汗をかきながら頬をひくつかせた。もしも、これが謀反や戦争だとしたら、王都はすぐに陥落するだろう。ロートシュタインの組織力と、ラルフの常識外れの行動力に、彼は改めて戦慄を覚えた。
街道の終着点でもある、王城前の広場には、ひときわ大きなファット・ローダーが停まった。その荷台が開かれると、吟遊詩人ソニアと、領主ラルフが弦楽器を持って並んで立っている。それは、簡易的なステージだった。
「どうもー!ありがとうございまーす。では、聴いて下さい。『ロートシュタインの恋』」
ラルフの陽気な声が響き渡り、また二人は歌い始めた。ラルフは、この街道整備の記念式典をロックフェスと勘違いしているのかもしれない。
しかし、その奔放さと斬新さが、王都の人々の心を捉えて離さない。
王都の住民たちは、ロートシュタイン名物のフレーバービールを飲み、その独特の風味と爽やかさに驚きの声を上げている。屋台から漂う食欲をそそる匂いに誘われ、人々は次々と列をなしていく。
ポンコツラーメンの「血のラーメン」も、その見た目とは裏腹の美味さに、王都の人々は舌を巻いた。
次のステージでの催しは、海賊公社の、女船長メリッサとメイドのアンナによる朗読劇だった。
(船長、どうか。どうか、私を置いて行って下さい)
(ならん!もう、私は、私は、誰も見捨てないと決めたのだ!)
二人の迫真の演技に、観客の中には涙を堪えている者までいた。朗読劇は、海賊公社の過酷な歴史と、その中で育まれた絆を描いたもので、ロートシュタインの人々のたくましさと情熱が伝わってくるようだった。
最高潮に達した良いところで、国王陛下に登場して頂き、挨拶をしてもらった。
しかし、真面目な国王の挨拶は、祭りの熱気の中で盛り上がりに欠け、途中から国王もどうでもよくなったようだ。
「とりあえず飲んで食って騒げ! 金がないものは近くの貴族にでもたかれ!」
国王のその一言は、喝采を浴びた。貧乏貴族たちは、顔を青ざめていたが、国王にそう言われてしまったからには、断れそうにない。彼らは、王都に居続ける有力貴族たちの元へ、恐る恐る近づいていく。
王都の広場は、夜が更けるにつれて、熱狂の渦に包まれていった。
ロートシュタイン流の「祭り」は、王都の人々の度肝を抜き、忘れられない一日となった。そして、この祭りは、王都とロートシュタインの間の距離を、物理的にも精神的にも、大きく縮めることになったのだ。




