70.運ぶ者の物語
リックは、孤児院で育った。
あそこでの日々は、特に代わり映えのない単調なものだった。朝から晩まで畑を耕し、水を撒く。仕事がなければ、街中のどぶさらいをする日々。
いずれ孤児院を出たら、剣の才能はないが、せめて冒険者にでもなって、日銭を稼ぐのだろうと漠然と考えていた。
そんなある日、彼の人生に転機が訪れた。ミンネとハルに連れられて現れた男。領主ラルフ・ドーソン。その出会いから、リックの日常は劇的に変化していった。
最初に配属されたのは、居酒屋領主館。皿洗いや給仕の手伝いの日々だったが、それだけでも孤児院での生活よりはるかに豊かだった。
ある日、ラルフ様から突然、製麺工場勤務を言い渡された。最初は工場長のトムと一緒に、黙々と麺を打っていた。力仕事ではあったが、手から生み出される麺が、居酒屋の客の胃袋を満たしていると思うと、やりがいを感じた。
しかし、途中から彼の仕事は、市場への買い付けや、卸先への配達がメインになっていった。重い荷車を押して街中を駆け回る毎日。汗だくになりながら、必死に荷を運んでいたある日、ラルフ様が彼の姿を見かねて、なんと魔導車をプレゼントしてくれたのだ。
それからの日々は本当に楽しかった。荷車の重労働から解放され、風を切って走る魔導車の運転は、リックにとって最高の喜びだった。
そんなある日、ラルフ様が彼の運転技術を見て、「リック君、運転上手いなぁ!」と声をかけてくれた。
その一言が、リックの胸に深く刺さった。誰かに認められる喜びを、彼は初めて知った。本当に嬉しかった。
すると、また別のある日、彼はジョン・ポール商会に出向し、あの巨大な魔導車、ファット・ローダーの運転手に任命されたのだ。
製麺工場の工場長トムは、「人手不足なんですよぉ!」とラルフ様に泣きついていたが、ラルフはリックの新たな才能を見抜いていたのだろう。
初めてあの巨体を見上げた時、リックは心から震えた。全長十メートルを超える巨大な車体。こんなもの、本当に運転できるのか? しかし、それ以上に、興奮が彼の全身を駆け巡った。誰もが運転できるわけではない、特別な乗り物。そのハンドルを握ることに、ロマンを感じたのだ。
そして。街道整備の仕事が始まった。リックはファット・ローダーを操り、大量の土砂やセメントを積み、工事現場に届ける毎日。土埃が舞い、爆裂魔法の轟音が響く現場で、リックはファット・ローダーを自在に操った。
整備が行き届いていない街道は所々狭く、細心の注意が必要だった。時には、倒木が道を塞いでいることもあった。そんな時、リックはファット・ローダーの巨体を巧みに操り、倒木をギリギリで躱してみせた。その技術は、他のドライバーからも「すげぇ!」と賞賛された。
街の子供たちは、ファット・ローダーを見上げてキラキラと目を輝かせた。彼らにとって、それは未来の象徴であり、英雄の乗り物なのだ。リックは、そんな子供たちの視線を感じるたびに、胸が熱くなった。
楽しい! 運転は楽しい!
これまでの人生で感じたことのない、純粋な喜びがそこにはあった。単調な孤児院での日々、どぶさらい、麺打ち……。しかし、今は違う。自分は、このロートシュタインを、王国を動かす大きな歯車の一つなのだと実感できる。
そして。今日、ラルフさまは最高の、晴れ舞台を用意してくれた。
王都に向かう巨大な車列。その先頭に、リックが操るファット・ローダーが堂々と位置している。これから、ロートシュタインと王都を結ぶ新街道の記念式典が開催されるのだ。この巨大な車列を見た王都の人々は、どんな反応をしてくれるだろうか、リックの胸は期待と興奮で高鳴っていた。