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破壊とギュードン

「どけ! どけー! 魔法が炸裂するぞー!」


 ラルフの掛け声と共に、領主館の一階部分から、けたたましい音が響き渡る。メイドたちや孤児たちが、汗だくになりながら家具や調度品を外へと運び出していく。埃まみれになりながらも、彼らの顔にはどこか楽しげな色が浮かんでいた。

そして、部屋ががらんどうになったところで、ラルフは腕を振り上げた。


「──《爆砕ブラスト》!」


 詠唱もなく放たれた魔法の衝撃が、内壁を直撃する。轟音と共に壁が粉々に砕け散り、土埃が舞い上がる。この荒業こそ、ラルフが考案した領主館改築の最短ルートだった。


「ゲホっ! 生まれ育った家を容赦なく破壊するとか、さすが旦那様です、ゲホっ」


 アンナが、口元を覆いながらも、その手際の良い魔法捌きに感嘆の声を上げた。


 砕け散った壁の残骸や、舞い上がった土埃の清掃は、もちろん人力だ。メイドたちと孤児たち、そして新たに雇われた数人の大工たちが、信じられないようなスピードで作業を進めていく。彼らは、ラルフの魔法によってできた広大な空間を、手際よく整えていく。


 厨房との間の壁も、一部が魔法で吹き飛ばされ、そこには新しく木製のカウンターが設置された。これは、前世の居酒屋を参考に、ラルフがこだわったポイントだ。厨房と客席が一体となり、客との会話が弾むような空間。そんなイメージを具現化しようとしていた。


 作業は順調に進み、その日の昼食時。ラルフは、あの日市場で出会った二人の少女、ミンネとハルと共に、皆のための昼食を作っていた。


「ミンネちゃん! お米炊けたー?」


 ラルフが厨房の奥に声をかけると、控えめな声が返ってきた。


「あっ、はい! 領主さま。今、言われた通りに、蒸らしてます!」


 茶色のショートヘアのミンネが、湯気の立つ鍋から顔を覗かせた。その顔は、湯気と熱気でほんのり赤くなっている。


「もー。ミンネちゃんってば領主さまなんて。堅苦しいんだからぁ!」


ラルフは、わざとらしく不満そうな顔をして言った。ミンネは、慌てたように首を振る。


「でも、あの。では、なんとお呼びすれば?」


「んー。じゃぁ、"お兄ちゃん"。って呼んでよ!」


ラルフは、いたずらっぽく笑って提案した。ミンネは、一瞬戸惑った顔を見せたが、やがて頬を染めて、小さな声で呟いた。


「あの、その、えっと、おにい、ちゃん?」


 その可愛らしい響きに、ラルフは思わず胸を押さえて、天を仰いだ。


「くはぁー! たまんねぇ!」


 そのラルフの反応を見て、アンナが眉をひそめた。


「旦那様は小児性愛者でしたか」


 冷ややかな声が、ラルフの背筋を凍らせた。


「ち、違う! これは、そう。ロマンなのだ! 純粋な兄妹愛のような、清らかなロマンだよ!」


 ラルフは、慌てて弁解した。しかし、アンナの目は、一切の疑いを晴らそうとしない。


 その時、獣人のハルが、猫耳をぴこぴこさせながら、ミンネの横から顔を出した。


「お兄ちゃーん! お肉このくらいでいいかなぁ?」


 ハルの手には、薄くスライスされたホーンブルの肉が乗っている。彼女は、ラルフの指示通り、肉を均一な厚さに切る作業に没頭していた。


「おー。いい感じいい感じ!」


 ラルフは、ハルの手元を覗き込み、満足げに頷いた。


「これ、なんて料理なの?」


 ハルが、きょとんとした顔で尋ねる。


「これはな、労働者のメシ。牛丼だ!」


 ラルフは、得意げに胸を張った。醤油がないこの世界で、魚醤とハーブ、そして魔法を駆使して再現した甘辛いタレで煮込む牛丼は、まさにラルフの魔法の結晶だった。


 昼食の準備が進む中、作業をしていた大工の一人が、ふと、ある孤児に声をかけた。その子は、まだ幼いにも関わらず、壁の補修作業で驚くほどの左官の腕前を見せていたのだ。ひび割れた壁を、まるで元々そこに何もなかったかのように滑らかに仕上げていくその手つきは、熟練の職人のようだった。


「お前さん、すごい腕だな。もしよかったら、俺たちのところで働かないか? きっと、いい職人になれるぞ」


 大工の誘いに、孤児は戸惑いながらも、その目には希望の光が宿っていた。ラルフは、そのやり取りを遠目で見て、静かに微笑んだ。それぞれの才能が、ここで花開いていく。それこそが、彼の望む領地の姿だった。


 そして、ついに昼食の時間が訪れた。出来上がった牛丼が、湯気を立てながら大皿に盛られる。甘辛い香りが部屋中に広がり、皆の食欲を刺激した。


「みんなー! 飯だぞー!」


 ラルフの呼びかけに、作業を中断していた皆が一斉に集まってくる。


「うわー! いい匂い!」

「おいしそう!」


 子供たちの歓声が響く中、皆は牛丼にがっついていく。琥珀色の甘辛いタレが染み込んだ肉と玉ねぎ、そしてふっくらと炊き上がった米。この世界では体験したことのない、新しくもどこか懐かしい味が、彼らの空腹を満たしていく。


「これは……美味い!」

「こんな飯、初めて食ったぞ!」


 大工たちも、普段の粗末な食事とは違う、贅沢な味わいに目を丸くしていた。

 エヴリンもまた、黙々と牛丼を食べていた。彼女の表情は、以前のような暗い影が薄れ、どこか穏やかさを帯びてきている。この場所で、子供たちが笑顔で食事をしている。その光景が、彼女の心を少しずつ溶かしているのかもしれない。


 ラルフは、皆が美味しそうに食事をする姿を眺めながら、満足げに微笑んだ。領主館の改築は、順調に進んでいる。そして、その過程で、多くの人々が笑顔になっている。

 この居酒屋領主館は、きっとこの領地に、そしてここに集まる人々に、新たな「場所」と「価値」をもたらすだろう。

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