69.走れ! ロードスター
ラルフは魔導車(試作参号機"ロードスター")をぶっ飛ばしていた。
王都からロートシュタイン領へ急ぎ戻らねばならないからだ。
なかば、やけくそだった。式典の主催を丸投げされて、何をどうすればよいのか、皆目見当もつかない。
「ん? 待てよ。丸投げということは、もはや何をどうやっても自由なのでは?」
ふと、そんな考えが脳裏をよぎると、一気にどうでもよくなってきた。どうせやるなら、自分の好きにやろう。そう決めた途端、気持ちがすっかり楽になった。
整備されたばかりの街道をノンストップでぶっ飛ばしたら、なんと二時間とちょっとでロートシュタインに着いてしまった。改めて、この街道の素晴らしさを実感する。
領主館に戻り、まずは貴族たちへの招待状を書く。これが一番面倒だった。文面を考え、一人ひとりの名前を記していく作業は、ラルフにとって苦痛以外の何物でもない。しかし、居酒屋領主館にたむろしている馴染みの貴族たちには、直接伝えておいた。彼らは、国王がロートシュタインに滞在している間、連日居酒屋に入り浸っていた者たちだ。ラルフの誘いに、二つ返事で快諾してくれた。
特に、グレン子爵やデューゼンバーグ伯爵は、「何か手伝うことがあれば遠慮なく言ってくれ!」と、協力を申し出てくれた。その言葉に、ラルフは思わず涙がちょちょぎれそうになった。こんな時ばかりは、彼らの社交辞令が身に染みる。
「まあ!とにかく、王都で祭りをやればいいってだけだろ?」
ラルフの脳裏には、国王の言葉をかなり拡大解釈した、壮大な構想が浮かび始めた。式典という名の祭り。それならば、ラルフの得意分野だ。
彼は、さっそく街に出た。人だかりを見つけると、やはり彼女だった。吟遊詩人のソニア。彼女は、通りを行き交う人々の前で、新たな歌を披露していた。
「殲滅の魔導士、湿った大地を穿つぅ♪」
それは、ラルフが湿地帯を吹き飛ばした時のことを歌ったものだった。その歌を聞きながら、ラルフの顔に笑みが浮かんだ。
「ソニア!ソニアぁ!」
ラルフは、大声でソニアを呼んだ。
「えっ、あ。ラルフさま?!」
ソニアは驚いた顔でラルフを振り返った。
「今度、王都でデカい祭りをやるんだ!そこで歌わないか?」
ラルフは、単刀直入に誘った。ソニアは目を輝かせた。「本当ですか?」彼女にとって、王都での大舞台は、夢のような話だろう。
次は屋台街だ。ラルフは、ポンコツラーメンの三人娘、マクダナウェル商会、水上マーケットの店主たちなど、関係各所を巡り、祭りの協力と出店を打診していく。彼らは皆、ラルフの「祭り」という言葉に目を輝かせ、快く引き受けてくれた。ロートシュタインの商人たちは、ラルフの巻き起こす「革命」が、常に大きな利益をもたらすことを知っていたのだ。
再び、王都へ向かい、魔導車をぶっ飛ばす。ラルフの頭の中は、祭りの構想でいっぱいだった。王都に着くと、彼はすぐに宰相ニコラウスと無理に面会を取り付けた。(「会わせないとここで極大魔術をぶっ放してやるぅ!」とごねたのは言うまでもない。)
宰相は、ラルフの無茶な要求に顔をしかめたが、彼の持つ規格外の魔力と、国王との奇妙な繋がりを知っているため、最終的には折れるしかなかった。
王族達のスケジュール調整の結果、工事完了を二日ほど遅らせることになった。たった二日でも、国家事業のスケジュールを動かすのは大変なことだ。
「よし!」
ラルフは満足げに頷くと、またもや街道を取って返し、工事現場へ向かった。現場に到着すると、彼は拡声の魔法で、疲労困憊の魔導士たちと人夫たちに呼びかけた。
「みんな。聞いてくれ!これから、ちょっと。ダラダラと作業にあたってくれ」
「はっ?」
突然の指示に、現場の者たちは戸惑いの声を上げた。誰もが早く終わらせて一息つきたいと思っていたのだ。
「金は払うから、頼むよぉ」
ラルフは頭を下げて頼み込んだ。彼の言葉に、現場の者たちは困惑しつつも、やがて顔を見合わせてニヤリと笑った。
ラルフの考えることは、いつも規格外だが、なぜか最終的には皆にとって良い結果をもたらすことを、彼らは経験で知っていた。
こうして、国王の無理難題から始まった「式典」は、ラルフによって、前代未聞の「祭り」へと変貌を遂げようとしていた。