68.丸投げからのブーメラン
「なに? もう終わる。だと?」
国王ウラデュウス・フォン・バランタインは、耳を疑った。ここは王城の執務室。玉座に座る国王と、その向かいに立つラルフ・ドーソン。
ラルフの報告に、国王の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「はい。まあ、こだわらなければ。あと三日くらいですかねぇ」
ラルフは、こともなげに答えた。その言葉には、一切の悪びれも、誇張も感じられない。ただ事実を述べているだけだ、と言わんばかりの態度だった。
「まだ、一ヶ月ほどしか経っとらんが?」
国王の声には、困惑と、ほんのわずかな苛立ちが混じっていた。国家の一大事業として始まった王都・ロートシュタイン間の街道整備。通常であれば、数年、いや十年単位で計画されるような大規模な工事だ。
それが、わずか一ヶ月少々で完了に近づいているというのだ。にわかには信じがたい話だった。
「はい。そうですね。はい」
ラルフは、ただ頷くばかりだ。国王の反応など、予想済みとでも言うかのように。
「どうするのだ?」
国王は、まるで現実を把握しきれないかのように尋ねた。
「何がですか?」
ラルフは、きょとんとした顔で聞き返した。彼の頭の中には、工事の完了以外の選択肢は存在しないようだった。
「完成して、それで、はい終わりです。というわけにはいかんだろ?」
国王は、いささか語気を強めた。
「完成して、はい終わりです。で良いのでは?」
ラルフは、心底不思議そうにそう言った。彼にとって、目的が達成されれば、それでよし。無駄な手間をかける必要はない、という思考なのだろう。
「バカモンが! 国の事業だぞ! 多くの貴族たちも出資しておろう? ならば式典の一つでも催さんといかんだろ?!」
国王の怒声が、執務室に響き渡った。
ロートシュタインに集結した貴族たちは、国王の威光と、ラルフの事業の成功に便乗するため、多額の資金を投じていた。
彼らにとって、この事業は単なるインフラ整備以上の意味を持つ。自らの名声や影響力を誇示する場であり、国王との繋がりを深める機会なのだ。派手な式典は、彼らの虚栄心を満たし、王国の権威を示す上で不可欠だった。
そうなのかぁ、めんどくさいなぁ。と、ラルフは心の中で思った。彼の頭の中には、「合理性」と「効率」という二つの言葉しかない。式典など、ただの無駄な時間と経費にしか思えない。
「まあ、そこは良きように。お願いします」
ラルフは、面倒事を国王に丸投げするつもりで、そう言った。
「けっ、おい! ニコラウス!」
国王の声が、執務室の奥に控えていた宰相に飛んだ。宰相ニコラウスは、顔色一つ変えずに前に進み出る。
「はっ!」
「三日で式典の準備は可能か? 忌憚なき意見を述べよ」
国王は、宰相に尋ねた。彼の目は、ラルフとニコラウスの間を行き来している。
「無理です」
宰相ニコラウスは、間髪入れずに即答した。その言葉には、一切の迷いも、忖度もなかった。三日という期間で、国王主催の国家規模の式典を準備するなど、常識的に考えて不可能だ。
「だ、そうだ」
国王は、ニコラウスの言葉をそのままラルフに伝えた。その顔には、「どうする? お前のせいだぞ」と言わんばかりの表情が浮かんでいる。
「ええ、そう申されましても」
ラルフは冷や汗を流した。まさか、
「そういうのは得意だろ? お前がやれ」
国王は、まるで子供に言うように、あっさりと命令した。
「えーーーー! なんでぇ?!!!」
ラルフの悲鳴が、王城の執務室に虚しく響き渡った。彼の頭の中は、今や「なぜ僕が式典の準備を?!」という疑問でいっぱいだった。街道整備は終わっても、ラルフの苦労はまだ終わらないようだ。