67.領主、現場に立つ!
街道整備の現場に、ラルフの姿があった。しかし、その光景はアンナの想像をはるかに超えるものだった。
「魔導士諸君! 位置について、よーい!
エクスプロージョン!」
ラルフの号令と共に、一斉に放たれる爆裂魔法の明滅と爆音。木々が根元からなぎ倒され、地面がえぐられていく。それはまるで最終戦争のようだと誰もが感じた。アンナは呆れを通り越して、もはやドン引きしていた。こんなにも大規模な魔法を、しかも連続して行使するとは。
ラルフは領主であり、居酒屋経営者であると同時に、魔導士の権威団体、賢者の塔に所属する大魔道士の肩書きも持っていた。魔導士同士の独自のネットワークも持っているらしく、この公共事業に多くの魔導士達を駆り出していたのだ。彼らは、ラルフの号令のもと、次々と大地を「爆裂」させていく。
「はーい。魔導士の皆さん。一時間休憩! 魔力回復ポーション飲んでな!」
ラルフは、頭に「安全第一」と書かれた黄色いヘルメットを被っている。特に誰も突っ込みはしなかった。このカオスな現場において、彼の奇行はもはや日常の一部と化していた。
魔導士たちが休憩に入ると、シャベルを持った人夫たちが、セメントと砂利を混ぜて、街道に打設していく。セメントは、あの湿地帯を吹き飛ばした際にラルフが生み出した、魔法の副産物だ。それを、"ファットローダー"に乗って運ばれてきた大量の砂利と混ぜ合わせる。
「こんな楽な現場は他にねぇな」
農村から出稼ぎに来た若者が、額の汗を拭いながら言った。魔導士が地面を整地してくれるため、人夫たちはひたすらセメントを流し込むだけでいい。これまでの開墾作業や土木工事とは比較にならないほど効率的だった。
「テキトーでいいぞぉ! 踏み固められてる所はコンクリ打たなくてもいいからなぁ!」
ラルフは拡声の魔法で、広い現場に響き渡る声で叫んだ。適当でいい、というその言葉は、通常の工事現場ではありえない指示だ。しかし、このコンクリートの強度と、ラルフのざっくりとした指示が、奇妙なバランスで成り立っている。
なんでそんなに生き生きしてるんだ? とアンナは不思議に思った。普段の執務室では、書類仕事にうんざりしているくせに、こういった「現場」に出ると、まるで別人のように活き活きとしている。
「このコンクリっての、売ってはもらえんのか?」
休憩中に、ドワーフの人夫がラルフに尋ねてきた。彼らの目には、何かドワーフお得意のモノづくりに活かせそうなアイデアが浮かんでいるのだろう。コンクリートという素材は、この世界ではまだ知られていない新しいものだ。
「多分、そのうち買えるようになると思う。まあでも、ちょっとなら、ここからパクってっていいよ」
ラルフは、こともなげに言った。当然のように横領を勧める言葉に、アンナはまたもやドン引きしたが、ドワーフの人夫は目を輝かせた。
「ありがてえ!」
ちなみに、セメントに砂を混ぜたものがモルタル。セメントに砂利を混ぜたものがコンクリートだ。ラルフは、その知識を余すことなくこの世界の技術革新に役立てていた。
昼時になると、街道整備現場は、まるで祭り会場のようになった。大型魔導車"ファットローダー"の荷台に乗った、屋台の店主たちがやってきたのだ。彼らは、ジョン・ポール商会の手配で、ここで工事関係者に昼飯を売るためにやってきた。
「美味ぁ!」
「今回の現場は当たりだなぁ!」
「ギュウドンって、こんな美味いものが世の中にあったのかぁ」
湯気を立てる温かい食事と、そこでしか味わえない珍しい料理に、現場の士気は高まるばかりだった。ラルフの街道整備は、単なる公共事業ではなく、新たな雇用を生み出し、食文化をも発展させる、まさに「美味い」革命だった。そして、この街道は、王都とロートシュタインを結ぶ大動脈となり、さらなる交流と発展を促していくことになるだろう。