66.副産物と輸送
「本当にできるのですか?」
ここは執務室。メイドのアンナが、ラルフの向かいに立ち、不安げに尋ねた。
彼女の不安は、国王の提案した街道整備計画の膨大な規模を考えれば当然のものだった。
「まあ。ね。実は、あの湿地帯を吹き飛ばした時に、思わぬ副産物が大量に手に入ってね!」
ラルフはにやりと笑った。彼の言葉は、常にアンナの想像をはるかに超えてくる。
「副産物?」
アンナが首を傾げると、ラルフはことり、と机の上に真四角の白い立方体を置いた。それは、表面が滑らかで、完璧な直角を持つ、不自然なほどに均一な物体だった。
「これは、石ですか? こんなに綺麗に削り出してあるなんて」
アンナは手に取って、その質感を確認した。見た目は石のようだが、手触りはどこか違う。
「ちがう。削り出したんじゃない。固めて作ったんだ」
ラルフの言葉に、アンナは「はっ?」と間の抜けた声を上げた。石を固めて作る?そんな技術があるというのか。
「それは。モルタルという」
ラルフは、満足げにその白い立方体を見つめた。人工湖を作る際、湿地帯に埋まる岩石を大量に吹き飛ばした。そして、その岩石の中には石灰が多く含まれていることが判明したのだ。さらに、それらがラルフの《爆裂魔法》による高温にさらされたことでクリンカー生成され、この、副産物であるセメントが生まれてしまったのだ。
ラルフは、前世の知識と、この世界の魔法が偶然にも生み出した奇跡に、興奮を隠せないでいた。これがあれば、街道整備など容易いことだ。
しかし、アンナは別の問題に気づいた。
「しかし。これを大量に運ぶのですよね?いったい、何年かかることか」
ロートシュタインから王都まで、膨大な量のセメントを運搬するとなると、途方もない労力と時間がかかるだろう。それこそ、数年単位の事業になるはずだ。
「それは心配ない。もう手配してある」
ラルフは涼しい顔で答えた。
「手配って?」
アンナは、ラルフの言葉の真意を測りかねた。
ラルフは不敵な笑みを浮かべた。
「ジョン・ポール商会さ」
アンナは、その名を聞いて、なるほどと合点がいった。あの謎の商会が、またラルフの奇妙な計画に関わっているのだ。
ある日の明け方、まだ陽の光も見えない薄暗い中、ロートシュタインの街外れに建てられた巨大な倉庫の扉が、ゆっくりと開かれた。
ジョン・ポール商会。ある日突然領内に現れ、新興商会ながら、あっという間にこのような巨大な倉庫を建造できるほどの大規模商会に成り上がった。
しかし、その内情は謎に包まれており、その商会の会頭であるジョン・ポールなる人物を誰も知らない。領主である、ラルフ・ドーソンと浅からぬ関係が噂されるだけだ。
倉庫の中から、二つの明かりが浮かび上がる。朝早くに釣りに出掛けていた町人がそれを偶然見てしまい、ジョン・ポール商会は秘密裏に飼っていたモンスターを領内に解き放とうとしているのではないか、と不気味に考えてしまった。
そして、次々に倉庫から吐き出される巨体。それは、新型の大型輸送用魔導車、
ラルフにより"ファット・ローダー"と命名されたものだった。その数、実に三十台。ラルフの前世で言うところの、ダンプカーだ。
荷台には、あの白いモルタルが山と積まれている。
その車列は、夜明け前の静寂を破り、ゆっくりと街を抜け、街道に出た。
朝日が昇り始め、その光が巨大な車列を照らし出す。
その光景を見た人々は、あんぐりと口を開けた。何事かと目をこする者、呆然と立ち尽くす者。しかし、すぐに。「あー、あの変わり者領主がまた何かはじめたのだろう」と、ロートシュタインの人々は普通に納得してしまった。
ロートシュタインの街道整備は、セメントと、謎に包まれたジョン・ポール商会の「ファット・ローダー」によって、かつてない速度で進められていくことになるだろう。そして、その裏には、ラルフの常識外れの発想と、密かな企みが隠されていた。




