65.ロード・トゥ・キングダム
「残念だが、そろそろ王都に戻らねばならん」
「でしょうね?!」
国王ウラデュウスの言葉に、ラルフは呆れたように返した。
ここは、水上マーケットの一角にある店。ラルフと国王は、お揃いの麦わら帽子を被り、昼間からビールを飲んでいた。心地よい風が吹き抜け、水面がきらきらと輝く。まるで、昔からの友人のように、二人は打ち解けた雰囲気で語り合っていた。
「辛っ、いや。でも美味いな」
国王が食べているのは、ナマズのスープカレーだ。この店にもエリカが特撰スパイスを卸しているらしい。鮮やかなオレンジ色のスープからは、食欲をそそる香りが立ち上る。
ラルフも一口食べてみる。
「あー。美味っ!」
日差しのもとで、ピリリと辛いスパイスカレーと冷えたビール。なんだか悪くない。むしろ、最高に気分がいい。国王もすっかりこの地の美食と雰囲気に魅了されているようだ。
しかし、至福の時間は長くは続かない。
「とにかく。街道の整備は頼んだぞ」
国王が、突然、本題に入った。
「簡単に言ってくれますね」
ラルフは苦笑いした。それは、王都とロートシュタインを繋ぐ街道を広く走りやすく幅員増設しようという国王の、わがままだった。なんでも、この水上都市に、王族専用の別荘を建てたいのだとか。
確かに、魔導車を高速巡行させることができれば、王都とロートシュタインは半日もかからない距離だろう。しかし、街道の整備となると、それは大掛かりな公共事業だ。莫大な費用と時間がかかることは想像に難くない。
「金は出す。他の貴族どもも乗り気だしな」
国王は、気にすることもなく言い放った。
「でしょうね」
ラルフは、内心うんざりしながらも、納得せざるを得なかった。お忍びとは言え、国王がロートシュタインに滞在していることは、貴族ネットワークで広く知られてしまった。しかも連日、場末の飲み屋で飲んだくれているものだから、国王とお近づきになるにはこんな丁度よい事態はないと、こぞって貴族たちがロートシュタインに押し寄せていたのだ。今や、ロートシュタインにはこの王国の「ほぼすべての有力貴族が滞在しているのではないか?」という状況だ。
彼らは、国王の機嫌を取り、何とかして取り入ろうと必死だ。街道整備の資金援助など、彼らにとっては安い投資なのだろう。
「とにかく。どうせお前のことだ。何か秘策があるんだろう?」
国王は、ラルフの顔をじっと見つめて言った。彼の直感は、ラルフがただ手をこまねいているだけの男ではないことを知っていた。
ラルフは、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、まあ。実は、ありますねぇ」
国王の問いかけに、ラルフは涼しい顔で答えた。彼の頭の中には、すでに街道整備に関する壮大な計画が描かれているのだろう。その秘策とは一体何なのか。国王は、ラルフの言葉の続きを期待するような目で、彼を見つめていた。ロートシュタインの新たな「革命」が、また一つ、始まろうとしていた。




