62.水上都市
それからしばらくして。
ラルフが湿地帯に魔法をぶっ放して開けた大穴には、勢いよく水がたまり、やがて広大な湖となった。
その水面は、太陽の光を反射してきらめき、まるでこの土地に元から存在したかのような錯覚を覚える。
東南街区でたむろしていた貧民たちは、ここ、新たな湖畔に呼び寄せられ、住まわされることになった。
住居に関しては、またドワーフたちが大いに頑張ってくれた。
ラルフを慕っている彼らは、彼が提案する奇抜なアイデアを形にするためなら、協力を惜しまない。
なんと、その住居は、水に浮かぶ家だった。
ラルフがイメージしたのは、前世の世界にあった、東南アジアのトンレサップのような、湖上に広がる集落だ。
木と綱でしっかりと連結された家々は、ゆらゆらと水面に揺れ、どこか牧歌的な雰囲気を醸し出している。
そして、それぞれの住人には、移動手段として小舟も与えられた。彼らは、初めは戸惑っていたものの、やがて水上での生活に慣れ、器用に舟を操るようになった。
さらにラルフは、この人工湖で、あの巨大なマスの養殖を住人たちにやってもらうことを企画した。この事業に投資するための株式会社を立ち上げると、思いがけない人物がすぐに手を挙げた。
国王こと、ヴラドおじさんだ。
彼は、この事業への全額投資を即座に表明した。その結果、この湖の養殖事業は、実質的に国家事業となったのだ。
経理上、どう処理するかに関しては、ラルフはかなり頭を悩ませた。なにしろ、国王個人が、しかも全額を投入するとなると、前例のないことだ。しかし、国王が直接関わることで、この事業の信用度は飛躍的に高まることになった。
水上マーケットの珍しさから、この場所はすぐに観光地化した。ロートシュタインを訪れる人々は、居酒屋領主館や屋台街、ヘンリエッタ・カフェだけでなく、この新しい「湖上都市」へと足を運ぶようになった。
「いらっしゃい!マスの甘露煮だよ!」
湖上に並んだ舟の店からは、威勢のいい声が響く。舟の上で調理されたばかりの甘露煮は、香ばしい匂いをあたりに漂わせ、観光客の食欲をそそる。
「くれ!くれ!船頭さん、船止めて!」
客たちは、小舟に乗って店に近づき、気に入った商品を見つけると、船頭に舟を止めるよう指示する。
「フィッシュバーガーだよぉ!」
別の店からは、熱々のフィッシュバーガーが手渡される。揚げたての白身魚と野菜、特製のソースが絶妙に絡み合い、観光客は舌鼓を打つ。
「ちょっと! 待って待って! 戻れ戻れ!」
船と船がすれ違う度に、狭い水路では混雑が生じる。観光客の乗った舟や、住民たちの生活の舟、そして店を構える舟がひしめき合い、よくある光景となっていた。
しかし、その賑わいは、かつての寂れた湿地帯を知る者にとっては、まさに奇跡のような光景だった。
時々、この水上マーケットの片隅で、ヴラドおじさんが釣り船から糸を垂らし、酒を飲んでいる光景が見られた。
彼はすっかりこの場所を気に入っているようだった。大物が釣れたら、夕刻に居酒屋領主館に自慢しに来て、そのまま料理してもらうのだろう。
そして、ラルフと酒を酌み交わし、釣りの腕前を自慢するのだ。
この湖は、貧しい流浪民たちに新たな生活の場と仕事を与え、ロートシュタイン領に新たな観光資源をもたらした。
ラルフの突飛な発想と、国王の気まぐれな投資が結びつき、誰もが想像しなかったような、奇妙で魅力的な水上都市がここに誕生したのだ。