61.大魔道士のパワープレイ
領主ラルフ・ドーソンは、ロートシュタイン領を流れる大河で釣りをしていた。
日の光が水面に反射し、きらきらと輝いている。その背には、いつもと変わらぬ、ゆったりとしたローブを纏っている。
「おっ!ヒット!ヒット!!アンナ、玉網くれ玉網!」
突然の激しい引きに、ラルフの声が弾んだ。彼はすぐに魔力を纏わせ、身体強化を施す。力技で獲物を引き寄せると、水面が大きく波打ち、銀色の巨体が躍り出た。
「おっしゃー!なかなかの型だ!」
ラルフは高らかに叫び、引き上げた獲物を見て満面の笑みを浮かべた。
「で、でかいな」
隣でその様子を見ていた国王ウラデュウスは、思わずたじろいだ。彼の故郷の川ではお目にかかれないような、巨大な魚だったからだ。
「これはマス科の魚で、この川にかなり広く分布しているんですよ。そして、ご覧の通り、デカくなる」
ラルフが両手を広げたほどのその魚は、ずっしりと重そうだ。塩焼きにしたら、何人前になるのだろう。想像するだけで涎が出そうだ。
「で、旦那様。この魚が、あの貧民達と何か関係が?」
アンナが、いつもの冷静な口調で尋ねた。ラルフがわざわざ国王を連れて釣りに来ているのだ。何か裏があるはずだと、アンナは見抜いていた。
「あるのだよ。アンナくん。さて、お次は上流に行くぞ」
ラルフは意味ありげに微笑み、釣った魚をマジックバックに放り込んだ。
「で、その魚は、食べられるのか?」
国王が、やや不安げに聞いた。見たこともないほど巨大な魚は、時に毒を持つこともあるからだ。
「ああ、……はい。あとで店で焼いてさしあげますよ」
ラルフは少し口ごもりながらも、国王に約束した。その表情には、どこか悪戯っぽい光が宿っているように見えた。
しばらく魔導車で移動し、ラルフが指し示したのは、見渡す限りの広大な平原だった。しかし、草はまばらにしか生えておらず、ところどころ地面が泥濘んでいる。
「なんだ?こんないい土地を放っておいたのか?」
国王が不思議そうに尋ねた。これほどの広大な土地があれば、開墾して農地を広げられるはずだ。
「それがねぇ。実は、掘るとデカい岩がゴロゴロ出てくる。そして、すぐに水が出るんだ。なので、開墾を諦めていた土地なんだ」
ラルフは苦い顔で説明した。その言葉通り、国王の足元も、少し歩くだけで泥に足を取られそうになる。
「確かに、泥濘んでるな?」
国王は足元を確認し、納得したように頷いた。
「そう。いわゆる、湿地帯なんだ」
ラルフの言葉に、アンナの顔色が変わった。
「旦那様、まさか?!」
彼女は、ラルフの次に続く言葉を、すでに予測しているようだった。
「ああ。ずっとなんとかしようと思ってたんだが、自領とは言え、地形を変えるとなると、国土地理院がうるさくてね。でも、今、ここには、この国のトップがいる」
ラルフは、にやりと笑い、国王をちらりと見た。国王は、ラルフの真意を測りかねているようだ。
「何をする気なのだ?!」
国王の問いかけに、ラルフは答えることなく、ゆっくりと構えを取った。そして、口を開く。
「――黄昏れよりも暗きもの、血の流れよりも紅きもの……」
魔術詠唱だ。ラルフにしては珍しく、わざわざ詠唱を開始したということは、それだけ強力な魔法を発動するつもりなのだろう。
「?! 陛下伏せて下さい!」
アンナが焦りの声を上げた。彼女はラルフの「らしい」悪癖を知っている。
ラルフが身につけた、腕輪や指輪がバチバチと放電を始めた。彼の周囲にだけ、風が渦巻くように荒れ狂う。その魔力の奔流に、国王はごくりと唾を飲み込んだ。
「まさか!ラルフ!そなた、極大魔法を使う気か?!」
国王は、その尋常ならざる魔力の奔流に、極大魔法を連想した。
ラルフは、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「いや。これは極大魔法じゃない。では、ご覧頂きましょう。――《爆裂魔法》!」
刹那、あたりから音が消えた。まばゆい光がラルフの手元に集まり、そして圧縮される。白から黒へと転嫁した高エネルギーが、解放される。
それは、天変地異だと誰もが感じたという。
ロートシュタインの街全体に、地鳴りが轟いた。街の外では、明滅する光が雲を照らす。飼い犬が騒ぎ、鳥たちが一斉に飛び立った。居酒屋領主館では窓ガラスが揺れ、酒瓶が床に落ちて割れる音が響いた。
「な、な。なにをしておるのだ!」
土埃が収まるのを待って、国王は起き上がると、目の前の光景に唖然とする。そこには、先ほどまで泥濘んでいた湿地帯の面影はどこにもなく、巨大なクレーターが口を開けていた。舞い上がった土埃は、まるで巨大な山脈のようだ。
その光景の中心で、ラルフの背中のローブが、風にはためく。そして、
偉大なる大魔道士ラルフ・ドーソンは、ゆっくりと振り返った。
「あれ?! 僕、また何かやっちゃいました?!」
いつもの悪びれない笑顔で、ラルフはぐっと親指を立てた。そして。
バタリ、と倒れた。
どうやら、魔力枯渇を起こしたようだ。
国王は、目の前の惨状と、倒れたラルフを見て、呆然とするしかなかった。この男は、もしかすると。
バカなのか、