59.国王さまと飽食の夜
国王は食べに食べた。
確かに、ポンコツラーメンのマジィが言っていたように、この屋台街はどこもミニサイズを販売しているようだ。
ラーメン、串肉、飴細工、またラーメン。国王はグルメ本の記載と匂いに誘われるがまま、次々と屋台を巡っていく。
その食べっぷりは見事なもので、付き従う護衛たちも舌を巻くほどだ。ラルフは内心、呆れと感心の入り混じった溜息をついた。
しまいには、冒険者ギルドにふらりと立ち入り、食堂で鉄板焼きまで食べていた。
そこで意気投合した冒険者と「腹ごなしだな」などと言いながら、訓練所で木剣を用いた立ち会いまではじめてしまい、護衛たちもラルフもハラハラした。
一国の王が、お忍びとはいえ、市井の冒険者と木剣を交えるなど、前代未聞だろう。万が一、怪我でもしたらどうなることか。
しかし、意外なことに、国王は強かった。冒険者の猛攻を軽くいなし、要所で鋭い一撃を繰り出す。その立ち姿は、まさに歴戦の騎士を思わせるものだった。
「ぜひ冒険者にならないか!」などと誘われ、国王はまんざらでもなさそうだ。
まあ、クレア王妃も尋常ならざるお強さなのだから、その夫が弱弱なわけにもいくまい。
それに、まさか国王が前線に立って戦うことはないにせよ、万が一の有事の際には、国のトップがあのような力量を持っているというのは、国民にとって心強いのかもしれない。
そして、夕刻を過ぎて、居酒屋領主館で、国王もとい、ヴラドおじさんは、焼き鳥とフレーバービールでご満悦そうだ。カウンターに陣取り、次から次へと運ばれてくる料理と酒を堪能している。
お忍びの国王の姿に気がついてしまった常連の木っ端貴族たちは、畏れ多くて近寄りがたく、気まずそうに席を離れていく。
しかし、当の本人は全く気にする様子もなく、豪快に飲んだくれている。その姿は、まるで昔からの常連客のようだ。
「あ。あれ、あの人、国王さまよね?」
さすがの元貴族であるエリカも、その正体に気がついたようだ。彼女は、厨房からカウンターの様子を窺い、わずかに顔を青ざめさせている。
「ほら、ご自慢のカレーをオススメして来いよ」
ラルフは、意地の悪い笑みを浮かべてエリカに促した。
「い、いやよ」
エリカは顔をそむけた。そういえば、こいつは王子に婚約破棄されて、奴隷落ちしたんだったな、とラルフは思い出した。なるほど、王族とは関わりたくないのかもしれない。
「ん?待てよ、じゃあ、フレデリックって、エリカのこと知ってたのか?」
ふと疑問に思い、ラルフは厨房の片隅で静かに飲み物を飲んでいるチャーハン王子こと、第八王子のフレデリックに尋ねてみた。
フレデリックは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いて答えた。
「あっ、はい。兄上の元婚約者ですよね。実はお会いするのははじめてだったのですが、噂は聞いておりました」
その言葉を聞いたエリカは、思い出したくもない記憶が蘇ったのか、ムスーっとした顔で顔を背けた。フレデリックは、そんなエリカの様子をちらりと見て、気まずそうに目を逸らした。
国王はというと、カウンターの隣に座っていた商人風の男と、すっかり意気投合した様子で気さくに話しはじめている。「いやぁ、この街の飯は美味いな!特にこのフレーバービールとやらが最高だ!」などと、
豪快な笑い声を響かせている。
実は、その人、国王さまでしたぁ!
と、いっそ暴露したらどうなるだろうか?
と、ラルフの脳裏に、いたずら心が芽生えてしまった。
国王がどんな反応をするのか、想像するだけで口元が緩む。しかし、さすがのラルフでもそれはやめておいた。後でアンナにこっぴどく叱られるのが目に見えている。それに、国王がこのロートシュタインを心ゆくまで楽しんでいるのなら、それで十分だ。




