52.夜に踊る
ラルフの弾き語りが終わると、ただ静寂が訪れた。誰もがポカーンと口を開け、呆然とした表情で舞台上のラルフを見つめている。
「んー?」
その反応に、酒が入って上機嫌な領主は、不満そうな声を漏らした。
「あの、その。ドーソン公爵は、⋯⋯その。歌も、天才なのですか?」
グレン子爵が、震える声で尋ねた。そこにいた、誰もが抱いた感想がまさにそれなのだろう。酔っ払った勢いで、ラルフは前世のヒットソングを歌ってしまったのだ。この世界の人間には、その音楽が、あまりにも先進的すぎたのかもしれない。
「お前らには、まだ早かったか。じゃあ、これならどうだ?」
ラルフは、その反応にめげず、再び弦楽器をかき鳴らし始めた。今度は、先ほどとは全く異なる、軽快で力強いリズムが会場に響き渡る。
そして、ラルフは高らかに歌い出した。
俺たちゃ鉄打つ民だぜー♪
堅苦しいのは苦手だぜー♪
おいらの聖剣みてみなー♪
仕事上がりには酒だぜー♪
へい! よーほー♪
よっほっほー♪
よーほー♪
よっほっほー♪
それは、ドワーフたちの仕事歌だった。しかし、普段ドワーフたちが歌っているよりも、もっとテンポが速く、聴いたこともないメロディを弦楽器が奏でている。
ラルフのアレンジが加わることで、その歌はまるで魔法をかけられたかのように、生命を得たかのようだった。
「領主さま! 儂らドワーフの歌を?!」
居酒屋の片隅で飲んでいたドワーフの頭が、目を見開いて叫んだ。彼の周りにいたドワーフたちも、驚きと喜びの表情で舞台を見つめている。
貴族も平民も、なんとなくその歌は聴いたことがあった。職人街に足を運んだことがある人ならば、耳にしたことがある旋律。ラルフは、なんとなくこの旋律を気に入っていたのだ。
「へい! 一緒に!」
ラルフが呼びかけると、客たちは戸惑いながらも、そのコールアンドレスポンスに応え始めた。
よーほー♪
(よーほー♪)
よっほっほー♪
(よっほっほー♪)
最初はぎこちなかった声が、次第に大きくなり、会場全体に響き渡る。ドワーフたちも、その歌声に興奮し、力強く拳を突き上げた。そして、気づけば皆、声を上げ、踊り始めていた。貴族も平民も関係なく、肩を組み、足を踏み鳴らし、会場の熱気は最高潮に達する。
よーほー♪
よっほっほー♪
ラルフは弦楽器を弾きながら、ドワーフの火酒の瓶を片手で掴み、口をつけあおった。彼の顔には、心からの満足そうな笑顔が浮かんでいる。
そして、
「朝まで踊れー!」
その一声が、ロートシュタインの夜を、終わらない祭りの渦へと巻き込んだ。王都では考えられないような光景が、今、この領地で繰り広げられていた。ラルフが作り出したこの狂騒の夜は、参加した全ての者の記憶に、深く刻まれることだろう。