51.えんもたけなわ
広間に設置された簡易舞台では、ラルフが企画した「トーク・ショー」が繰り広げられていた。舞台中央にはクレア王妃が座り、隣には商業ギルドのマスター、バルドルが控えている。
「ほほう。屋台を開業する希望者に、融資を?」
クレア王妃が、興味深そうに質問した。
「はい。もちろん、誰でも希望すれば。というわけではありませんよ? 商業ギルドの関係者で審査はします」
バルドルが、丁寧に答える。その顔には、居酒屋領主館との提携が、いかにギルドにとって重要であるかという自負がにじみ出ていた。
「しかし。ラルフ公爵ほどの魅惑的な料理を作れる人間が、簡単にあらわれるとは思えないですわよ? 結局、この居酒屋領主館の料理が一番ではなくて?」
クレア王妃が、鋭い指摘をした。その言葉は、客たちの心に響いたようだ。
「ヒュー! ヒュー!」
「そうだ! そうだ!」
観客からも同調の声が上がり、会場は熱気に包まれる。
「かもしれません。しかし、そうではないかも?」
バルドルは、挑戦的な笑みを浮かべた。
「ほう? バルドルとやら、忌憚なき意見を、妾に申してみよ」
クレア王妃は、面白そうにバルドルを促した。
「確かに、ラルフ殿は。強者だ。それも圧倒的な。だからこそ、あの御仁は、退屈なされている。強大な敵を、自ら望んでいらっしゃる。そして、我々は、かの御方を退屈させてはならない!」
バルドルの言葉に、客たちは熱狂した。
「そうだそうだー!」
「血のラーメンは皆知っているなぁ! あのラーメンはラルフ殿が負けを認めた! そして、マクダナウェル・バーガー。我々庶民は、食文化でもって王侯貴族に噛みつく! これこそが、グルメ革命だー!」
バルドルは、まるで演説家のように声を張り上げた。もちろん、これはラルフの「仕込み」だ。様々な伝手の手引きで、商業ギルドのマスターを抱き込み、居酒屋の宣伝と、ロートシュタイン領の特異性をアピールさせているのだ。
えんもたけなわ。
「いやー、まさかロートシュタイン領が今日は祭りだったなんて。運がいい!」
と、状況をよくわかっていない旅の商人も紛れ込んでいるが、ラルフは気にしない。
「メリッサ船長! 握手して下さい!」
もちろん、海賊公社も人気者だ。
割と夜も更け、まだまだ騒ぎは収まらないが、客たちの腹は膨れてきたようで、注文する量は減り、従業員のやる事は少なくなってきた。一息ついたラルフは、ドワーフの差し入れの火酒をあおったりしている。
「旦那さま! そろそろ舞台へ」
アンナが、そんなラルフを急かす。
「へっ! なんか、やるんやっけ?」
ラルフは、火酒のせいですっかり出来上がっていた。しかし、アンナやメイド、孤児たちの強引な誘導で、無理矢理舞台に上がらされた。
そこには、すでにチャーハン王子こと、フレデリックが立っていた。フレデリックとラルフ、物語に書かれた英雄二人の姿に、観客のボルテージは一気にマックスになる。
「きゃー!」
「英雄が、英雄がいる!」
「ああ、もう、息が止まりそう!」
黄色い声援が飛び交う中、司会役のグレン子爵がマイクをラルフに差し出した。
「あの本は読まれましたか?」
「よんだよんだ! 感動したぜー! なっ、フレデリック。俺とお前で、ドラゴンに撃ち勝ったんだよなー!」
ラルフは、酔った勢いもあって、自信満々に言った。
「おおー! では、あの話は、本当なんですか?」
グレン子爵が、興奮気味に問いかける。
「んーーー? ウソだな。あんなピンチになる前に、ドラゴンなんて、ぼくの殲滅魔法で一撃だって! あれ書いたカイリーに文句言おうとしたらよ。もう王都に逃げやがった後でよー」
ラルフの正直すぎる(?)暴露話に、観客たちは大爆笑だ。
しかし、
「あの物語は、凄くよくできていて、確かに創作は混じっているのですが、あのストーリーに描かれているような親愛と尊敬の念を、僕はラルフさんに抱いていますよ!」
さすが王族のフレデリックは完璧なリップサービスだ。ただの飲んだくれのどこかの領主とは大違いで、客たちは拍手喝采を送っている。
「んー? おい、ソニア。それ貸せ!」
ラルフは、舞台の袖で待機していた吟遊詩人ソニアから、ギターのような楽器を奪い取った。ソニアは「えっ!」と驚きの声を上げたが、ラルフは構わず楽器を抱え込んだ。
「んー? あれ、チューニングが違うんだな? んー。こうか」
ラルフは、弦を弾きながら、慣れた手つきで調律をした。実は、ラルフは、前世で、ギターの弾き語りを趣味にしていたのだ。人前でこそ弾いて歌ったことはないが、動画配信サービスを見て感化され、安いギターをネットショップで買い、一人カラオケショップで練習していた記憶が、ふと蘇った。
調律を終えたラルフは、マイクの前に立つ。
「じゃ、聴いて下さい。ちょっと古い曲だけど。……ああ、僕んとこじゃ、古いんだけどぉ」
ラルフは、照れくさそうに呟くと、静かに弦を弾き始めた。その音色は、喧騒に包まれていた会場に、新たな静寂と期待をもたらした。




