49.働く領主さま
「ぜーんいーん、傾注!」
ラルフの声が広間に響き渡る。そこに集められた孤児やメイドたちは、彼のただならぬ雰囲気に、ぴんと背筋を伸ばした。
「ご存じのとおり。緊急事態である。今夜の営業時間に関しては、特別シフトになる。すまんが、全員出番とさせてもらう。
実は、このような事態も想定して。マニュアルを作っておいた。アンナ!」
「はい。こちらを」
アンナは、手慣れた様子でラルフに書類を手渡した。
「メイド達は、この指示書通りに動け! ガキどもは、いつものように開店準備だ。ではここに宣言する! 第一種戦闘配置!」
ラルフの号令と共に、従業員たちはテキパキと動き出した。普段の開店準備とは異なる、張り詰めた空気が漂う。
「旦那さまは?」
アンナが尋ねた。
「僕は少し出掛ける。ここは任せるぞ」
ラルフは、そう言い残して広間を後にした。
ラルフは、魔導車をぶっ飛ばし、市場へと向かった。夕暮れ時にもかかわらず、市場はまだ活気に満ちている。
「領主さまぁ、新鮮な果物が入ったよー!」
「領主さまぁ。本読みましたよー」
顔なじみの露天商たちが、気さくに声をかけてくる。
「ちょうどいい! ある分、ありったけ買うから、領主館に運んで貰えないか?」
ラルフは、次々と露天商に声をかけ、惜しげもなく金貨を渡していく。
「裏口に回ってくれ。話は通してあるから」
手早く買い物を済ませたラルフが次に向かったのは、屋台通りだ。すでに夕食の時間帯で、通りは多くの人々でごった返している。
「すまん! 領主だぞー! 道をあけろー!」
こういう時は、ラルフも遠慮なく貴族権限を使う。人々は、その声に驚きながらも、道を空けていく。
「あっ! 領主さま!」
その声は、ポンコツ三人娘の一人、ラーメン屋台のパメラだった。
「頼みがある! 夜も営業しないか? 領主館の敷地に出店して欲しい」
ラルフは、単刀直入に本題を切り出した。
「えっ、あ。でも、もう材料が……。麺ももうないし」
パメラは、困惑した顔で答えた。
「心配ない。今、トムに言って、製麺工場をフル稼働させてる」
ラルフの言葉に、横にいたジュリの目が輝いた。
「そういうことなら、稼げるならやるっすよ!」
ラルフは、手付け金として金貨一枚を渡した。パメラは、その金貨を握りしめ、すぐに準備に取り掛かった。
それから、ラルフは、知り合いや、知り合いですらない屋台の主人たちに、次々と声をかけていった。彼の熱意と、惜しげなく差し出される金貨に、次々と屋台の出店が決まっていく。
「おー! ドーソン公爵、こんな所で会うとは?」
バッタリと出くわしたのは、海賊公社のメリッサ・ストーンだった。どうやら、今は航海に出ておらず、ロートシュタインに停泊中らしい。
「おっ! ちょうどいい! 有名人がいた!」
ラルフは、メリッサの腕を掴んだ。メリッサは「えっ! えっ!」と困惑の声を上げたが、ラルフは構わず、彼女を魔導車に押し込んだ。
再び魔導車を走らせると、道端で吟遊詩人が歌っているのを見つけた。ラルフは急ブレーキをかける。そして、その歌声に耳を澄ます。
殲滅の魔導士ぃ、王子とともに丘を血に染めぇ♪
魔物の軍勢は地獄を知るぅ♪
若い女性の吟遊詩人のようだ。ギターのような弦楽器を鳴らし、どこかで聞いたような物語を紡いでいた。まさか、自分の物語が歌になっているとは。
「お前も丁度いいな。乗れ!」
ラルフは、吟遊詩人に声をかけ、腕をつかんだ。
「えっ! えっ! 何ですか? あなた! きゃー! 人攫いーーー!」
吟遊詩人は悲鳴を上げたが、ラルフは強引に彼女を魔導車に乗せた。
そうして、次にラルフが向かったのは、マクダナウェル商会だった。ロビー・マクダナウェルは、執務室でラルフを待っていた。
「えー。ありったけの食料と、人員を、ですか?」
ロビー・マクダナウェルは、ラルフの要求に冷や汗をかいていた。
「そういうことだ。無理を言っているのは承知の上。しかし、報酬は弾むので、よろしく頼む」
ラルフは、真剣な眼差しでロビーを見つめた。
「公爵どの。いったい、何がはじまるんです?」
ロビーは、不安そうに尋ねた。
「戦争だ」
ラルフは、不敵な笑みを浮かべ、そう言い放った。ロートシュタインの街は、今夜、かつてないほどの賑わいと、興奮に包まれようとしていた。




