48.チャーハン王子と殲滅の魔導士
ラルフは、アンナが持ってきた一冊の本を、信じられないものを見るかのように凝視していた。
「いや、だからさ。なにこの本? 『チャーハン王子と殲滅の魔導士』って」
アンナは、そんなラルフの困惑をよそに、感心したように言った。
「相変わらず、カイリーは筆が早いですねぇ」
「筆が早いとか、そういうレベルじゃないよね? フレデリックがここに来て、まだ一週間だからね? なんでもう出版までこぎつけてんの? それになんなのこの内容? 俺とフレデリック君、こんな冒険した記憶ないよ?!」
ラルフは、本の表紙と、そこに書かれた物々しいタイトルを交互に見比べた。
描かれているのは、炎を操る魔導士と、中華鍋を構える王子の姿。どう見ても、自分とフレデリックをモデルにしているとしか思えない。
「魔獣の軍勢を目の前に、丘の上で二人が背中を預けあうシーンは、胸が高鳴りましたねぇ」
アンナが、朗々と劇でも披露するようにクライマックスシーンを再現した。
(へっ、てめぇら全員、チャーシューにしてやるぜ!)
(けっ、不味そうな豚どもだ)
(最後に、もう一度、お前のチャーハン、食いたかったぜ)
(何言ってやがる! 帰ったらいくらでも作ってやる。その前に、こいつらをまとめて料理してやんねぇとな!)
アンナの朗読に、ラルフは思わず身を乗り出した。
「あー。すげぇ、面白そうなバディもの。ちょっと読みたくなってきた。……いや、じゃなくて!」
ラルフは、慌てて頭を振った。
「風評被害もいい所だ! フレデリックだって迷惑してるだろ?」
「どうでしょう。どんな形であれ、民衆が王族に対して快く思うのは、喜ばしいことでは?」
アンナは、至極真面目な顔で言った。その言葉に、ラルフは言葉を詰まらせた。
「いや、まあ。どうだろ?」
「それに、ちゃんと書いてあるじゃありませんか?」
アンナは、本の裏表紙を指差した。ラルフは、半信半疑で裏表紙に目をやる。
※この物語はフィクションです。劇中に登場する個人名、団体名は現実に着想を得た架空のものです。
「いや、言い訳がましいだけだろ、これ!」
ラルフは、思わずツッコミを入れた。
「とにかく! カイリーを呼び出せ!」
ラルフは、その場の混乱を収束させるべく、カイリーを呼び出そうとした。
「無理です。また王都に向かいました」
アンナは、あっさりと告げた。どうやら、カイリーは次の取材のために、すでに王都へ向かってしまったらしい。
「むがぁーーー!⋯⋯ で、売れてるの?」
ラルフは、自分の頭を抱えた。
「売れてますねぇ。ご覧のほどには」
アンナは、にこやかに窓の外を指差した。ラルフが窓の外を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。居酒屋の開店を待つ、長蛇の行列だ。その列は、店から遥か遠くまで続いていた。
「殲滅の魔導士と、チャーハン王子に一目会いたいと、居酒屋の開店待ちの列ですね」
アンナが、付け加えるように言った。その言葉に、ラルフは天を仰いだ。
「どうしてこうなった?!」
ラルフの居酒屋は、意図しない形で、かつてないほどの繁盛ぶりを見せていた。そして、その原因は、他でもない、彼が作り出した「自由」な環境と、それに魅了された者たちの予測不能な行動の結果だった。ラルフの頭痛の種は、今日もまた増えるばかりだ。