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居酒屋領主館【TOブックスより2026年8/15書籍発売&コミカライズ進行中!】  作者: ヤマザキゴウ


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460/480

460.辺境のグルーヴ

「こごが、わんどの村だじゃ〜」


 案内人を務めるダーク・エルフの少女、リオーリタが、密林の生い茂る木々を小気味よくかき分けながら振り返った。その独特の、どこか北国を思わせる温かみのある訛りが、鬱蒼としたジャングルに妙な違和感を醸し出している。


「おー……。意外にも文化的だ。てっきり未開の地かと身構えていたが、見事な高床式住居じゃないか」


 ラルフ一行は、万が一の事態に備えて見張りの数名を船に残し、河辺から密林へと少し分け入ったばかりだった。だが、目の前に広がったのは、そんな警戒心を綺麗に押し流すほど広々とした、平和そのものの集落だった。


「へぇ。結構人数がいるのね」


 金髪のツインテールを揺らしながら、エリカが感心したように周囲を見渡して呟く。


 木材を巧みに組み上げた高床式住居が、計画性がある種の方針であるかのように勝手気ままに配置されている。茅葺きのように見える、職人技を感じさせる屋根の連なりは実にあたたかみがあり、ラルフの魂の奥底にある前世の郷愁を、不意に、そして優しく刺激した。


 そして特筆すべきは、この集落の住人が、どう見ても全員ダーク・エルフしかいないということだ。


 よく引き締まった肉体を持つ男たちは熱心に弓矢を削り、色彩豊かな民族衣装を纏った女たちは、竈から香ばしい匂いのする湯気を立ち上らせている。切り取られた絵画のように、本当に長閑な景色だった。


 しかし、いくら長閑とはいえ、彼らにとってラルフたちは未知の異邦人だ。


 リオーリタ率いる狩人組に連れられたラルフたちの姿に気がつくと、集落のあちこちから、好奇と警戒が入り混じった奇異の目が一斉に向けられた。空気がわずかに緊張に張り詰める。


 だが、そんな大人の事情など、彼らには一切関係がなかったらしい。


 物怖じという言葉を知らない無邪気さで、いくつかの小さな影が、こちらに向かってタタタッと草を踏みしめて駆けてきた。


 そして、口々に、愛らしい声を響かせる。


「ナダバダダバ〜?!」

「ナダバダダバ〜?」

「ダバダぁぁぁ!」


 それは、まだふっくらとした頬を残した、小さな子供たちだった。


 男の子も女の子も、一様に美しい黒い肌に、ピンと尖った長い耳。そして、異国情緒溢れる独自の幾何学模様が織り込まれた布を、器用に体に纏っていた。


 その愛くるしさに、近しい種族の彼女が瞬時にノックアウトされる。


「なんだぁ、ひゃんで〜可愛いねっか〜! オメ、いぐづだぁ? 二十歳くれだかぁ?」


 ミュリエルが、満面の笑みでその中の一人をヒョイと抱き上げた。


 突如として視点が高くなった小さな女の子は、怖がるどころか「キャッキャッ!」と鈴を転がすような声で嬉しそうにはしゃいでいる。


 だが、ラルフはその微笑ましい光景の裏で、聞き捨てならない重大なワードをキャッチしていた。


(……やはり、ダーク・エルフも、絵に描いたような長命種なのか……)


 人間の感覚で言えば、どう見ても五歳とかそこらにしか見えない幼き子たち。だがミュリエルの言葉を信じるなら、彼女らはすでに成人式を終えていてもおかしくない年月を生きてきたということになる。見た目と実年齢のバグに頭が痛くなりそうだ。


 すると、ミュリエルに持ち上げられていた子供が、キョトンとした表情で彼女の顔を凝視し、長い睫毛のついた瞼をパチクリとさせた。そして、その白い肌を指さして、


「なんだば? な、したらに白けぇ耳長だのや? おがしーのー!」


 と、お腹を抱えるようにして笑い出した。

 普通のエルフであるミュリエルの肌の色が、彼女にとっては逆に「おかしな異形」に映ったのだろう。


 だが、言われた当の本人はといえば――。


「ん〜? なに言ってっか、わっがんねわー。あーハッハッハッハッ!」


 豪快に笑い飛ばし、言語の壁を自前の大雑把なノリだけで完璧にぶち抜いていた。


 ラルフは心の中で(じゃあ、なんでお前はあんなに意気揚々と通訳に名乗りを上げたんだよ……)という尽きない疑問をそっと引き出しにしまった。


「ナダバダダバ〜?!」

「ナダバダダバ〜? クルクル〜、髪、変っ!」


 エリカを取り囲んでいた子供たちが、彼女の頭を指さしてケラケラと笑い始めた。彼らの純粋無垢な瞳が、その特殊な造形に釘付けになっている。


「ちょっとーーー!! 言葉は通じないはずなのに、何故かニュアンスだけで完璧に理解できちゃったわよ?! どいつよ? 今、私の気高き髪型を『変』って言った不届き者はーーー?!」


 彼女のアイデンティティであり、誇りそのものである「金髪ドリルツインテール」を笑いものにされたのを察知し、エリカの額に青筋が浮かぶ。彼女は怒髪天を衝く勢いで、蜘蛛の子を散らすように逃げる子供たちを全力で追いかけ回し始めた。


 そんな、どこに行っても変わらない賑やかな一幕に、ラルフは呆れ混じりの苦笑いを浮かべる。


 その横にするりと並んだリオーリタが、彼を見上げて言った。


「わの父っちゃ。村長さ紹介しょげぇするはんで、ついてきてけろ」


「いんやー、わーりねー、ありーがとね〜」


 ラルフはリオーリタの歩調に合わせながら、これまた絶妙に怪しい、なんちゃってイントネーションの"エルフ古語"もどきで応じる。


 すると背後から、大の大人が忍び足で近づいてくる気配がした。ラルフの袖を、切実な力でグイグイと引く者がいる。


「おいっ! ラルフ! お前、なんでそんな不気味なエルフの古語をスラスラと話せるんだ?! それに、この群がってくる子供たち……一体なにを言っているのだ?! なにかの呪術や、精神攻撃の類ではあるまいな!」


 怯えた声を出すのは、一国の主たるウラデュウス国王だった。彼の周囲にも、


「ナダバダダバ〜?!」


 と、珍しい衣装を着たおじさんを珍獣扱いする男の子たちが、完全にオモチャにする勢いでまとわりついている。


「あー。心配しすぎですよ。それ、ただ単に『あなたたちは、誰ですか?』って、超絶スタンダードな質問をしてるだけですから……」


 ラルフは面倒くさそうに、だが明らかに本質的な説明をはぐらかしながら答えた。


 構わずリオーリタの背を追って歩みを進めるラルフ。だが背後からは、なおも必死な国王の、涙ぐましいコミュニケーションの試みが聞こえてくる。


「儂! 国王! この中で、いや王国で、一番偉い人! わかるっ?! エ・ラ・イ!」


 きらびやかなマントを泥にすりそうになりながら腰をかがめ、必死で自分を親指で指さし、意思の疎通を図ろうとする最高権力者。


 しかし、子供たちの純真かつ残酷な耳は、その言葉を独自の言語フィルターで変換した。


「コクオー!」

「イチバン、"エロい"ヒトっ!!」


 子供たちが、世紀の大発見をしたかのように目を輝かせて飛び跳ね、はしゃぎだす。


 一度火がついた子供たちの音感の面白さは、瞬く間に燃え広がるのが世の常だ。


「コクオー! エロいヒト!」

「イチバン、エロいヒト!!!」


 周囲の子供たちにも瞬く間にその単語が伝播し、集落の中に「エロい人」という不名誉極まりないチャントが響き渡り始めた。


「違う! 違う!! 断じて違う! 儂はエロいじゃない! エライだーーーっ! ……おい、ラルフ、お前、なんとかしろっ?!!」


 必死の形相で慌てふためき、顔を真っ赤にして弁明する国王。


 そんな彼を、ラルフは歩みを止めぬまま、冷ややかな、しかしどこか確信に満ちた無表情で振り返った。


「…………間違っては、いないのでは?」


 まさかの一国の公爵にあるまじき、しかしラルフにとっては割と標準仕様である「冷酷な裏切り行為」に、国王の額にピキピキと鮮やかな青筋が浮かび上がる。


 だが、ラルフの脳裏には、ある一人の人物の姿が完璧にモデリングされていた。


 ――その嫁、クレア王妃の存在を。


 四十の坂をとうに過ぎているというのに、恐るべき神秘の魔術でも使っているかのように瑞々しい美貌を保ち、ロートシュタイン領に集う血気盛んな荒くれ者たちの一部を、一目で禁断の昼ドラ的禁断の恋に叩き落とすほどの、圧倒的なナイスバディ……。


 そして、一体、彼女との間に何人の後継ぎ、つまり、元気すぎる王子たちを拵えたか……。


 その、あまりにも雄弁な客観的事実に基づき。

 ラルフは、


「……フッ!」


 と、鼻で嘲笑うように、そして凶悪な笑みをニタリと浮かべた。


「な、な、なんだその不敬極まる顔は?! お前、この場で極刑に処すぞーーー?!!」


 唾を飛ばしながら激怒する国王だったが、ラルフにとってはどこ吹く風、犬の遠吠え同然であった。


「んで? リオーリタのお父っつぁんて、どんげな人なん? あんまり気難しい頑固親父なのは、勘弁してほしいんだけど」


 ラルフは国王の怒声をBGM代わりに、リオーリタと肩を並べて歩きながら、一番の懸念事項を尋ねてみた。これから交渉する相手の性格は、この崇高なる(はずの)学術調査の成否を分ける。


 背後からは、


「……俺を、この調査隊に連れて来た意味は、一体どこにあるんだ……?」


 と、ラルフの方が流暢に意思疎通できる現実と、そしてノリにもついていけない状況に完全に取り残されたコール・ディッキンソンが、世界の終わりを迎えたかのように項垂れている気配が伝わってきたが、ラルフは1ミリも気にしなかった。


「わの父っちゃだば、西大陸語も喋れるじゃ。たんげ威厳あって、賢いおさだじゃ」


 リオーリタは自慢の父親を誇るように、薄い胸をドヤ顔で張って答えた。


「あ、そうなの? 西大陸語が喋れるなら、大助かりだな。……それにしても、威厳があって、聡明な長ねぇ〜。どこぞの"ウチの長"にも、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいもんだわ」


 ラルフが、わざとらしいほど憐れみの視線を背後に投げかけると。


 王国の偉大なる長、ウラデュウス国王が、ついに限界を迎えたように吠えた。


「お前、いい加減にせーよ! なんか知らんが、今の遠回しなディス会話だけは、不思議と一言一句完璧に理解できただぞっ?!!」


 ラルフはやはり、どこ吹く風で歩みを止めない。


 そうして一行は、いよいよこのダーク・エルフの里を統べる、最奥の住居へと到着した。


 そこには、木製でありながらも、精緻な彫刻が施された威厳ある玉座があった。


 そこに腰を下ろし、肘掛けに気怠げに肘をつき、握った拳を頬に当てている一人の男がいた。


(――ほぅ……)


 息を呑んだのは、ラルフだけではない。


 そこにいたのは、恐ろしいほどに完成された美貌を持つ、ダーク・エルフの男だった。

 人間の感覚で言えば、二十代前半の、最も美しく瑞々しい盛りの青年にしか見えない。


 褐色の肌に映える、左耳に妖しく光る一筋のピアス。

 そして、切れ長の双眸からラルフたちを見下ろすその視線は、冷徹でありながらも、底知れぬ魔力と圧倒的な迫力を湛えていた。


 その、あまりにも完璧な「強者の佇まい」に。


(なるほどな……こりゃ、ただ者じゃねー。一筋縄ではいかねえかもな……)


 ラルフは、脳内の警戒レベルを最大値へと引き上げた。


 調査隊の誰もが、その威風堂々たるカリスマの姿に固唾を飲み、あるいはその性別を超越した美貌に、開いた口が塞がらない状態で硬直している。


 静寂が支配する空間。


 そして、偉大なるダーク・エルフの長は、重々しく、その美しい唇を開いた。


「はぁ~? お前ら、なに? 西大陸から来た感じぃ? ハハッ、ウケる〜。ヤバいね〜。え、遠くねっ? ……ってかさ、なんか持ってきた感じ〜? 手ぶらとか、マジありえんし!」


 その場の全員の脳内で、何かがガラスの割れるような音を立てて粉砕された。


 先ほどまでの、重厚で冷徹な威厳が、跡形もなく霧散していく。


「ギャルかよっっっ?!!」


 ラルフは、我慢の限界を迎えて全力のツッコミを鋭く叫んでいた。


 確かに、確かに、

 彼が使っているのは王国で常用される「西大陸語」なのは間違いない。文法も発音も完璧だ。


 しかし、しかし、その語彙のチョイスが致命的すぎる!!


(クソッタレが! この世界のエルフってやつは、なんでこう、どいつもこいつも期待を斜め上のベクトルで裏切るようにしか生まれてこねえのかよっ!!!)


 ラルフは脳内で、この世界の不条理な真理に対して、全力で中指を立てずにはいられなかった。


 だが、ここで引き下がるようでは、数々の大騒動をくぐり抜けてきた大魔導士の名が廃る。


 自認としても、世間の評判としても、彼は搦め手とアドリブの天才なのだ。


 今こそ、その真骨頂――いかなるカオスな状況にも一瞬でアジャストする、悪魔的適応力を発揮する時がきた!


 ラルフは一瞬で表情を切り替え、チャラついた笑みを浮かべると、ステップを踏むような軽さで一歩前に出た。


「そーそー! 僕ら、王国から色々持ってきたわけ〜。塩に、魔石に、あとそれからほら! これ見てみ? 錆びないアダマンタイト製のナイフとか〜。ウチさぁ〜、マジでマブダチにドワーフいんのよ? 知ってるぅ? あの鍛冶の技術がマジでやべー先輩。……あの先輩、マジでやべーかんね〜」


 ラルフは、腰のマジック・バッグから、最高級の輝きを放つ手土産を次々と取り出していく。


 その喋る口調は、もはやギャルなのか、平成のヤンキーなのか、それとも地方のマイルド・ヤンキーなのか、自分でもわけがわからなくなっていたが、そんなことはどうでもいい。

 力技とノリだけでこの交渉を押し通すという、鋼の決意を固めていた。


 すると、その言葉を聞いた長の目が、一瞬で爛々と輝いた。


「はぁ~? マジで?! ヤベーじゃん。こんな気合い入ってるナイフ造れる先輩いんの? うーわー、なにそれ、そのドワーフ先輩、"ウチの島"に攻めてきたりしねぇの?」


「ハッハッハッハ! ねーって、マジで! 僕、その先輩と超マブダチよ? トニスさんてんだけどさー」


「うわー。そのトニス先輩? マジやべーわ……パねえって!」


 いつの間にか、あれほど格式高そうだった玉座から軽やかに降りてきたダーク・エルフの長は、ラルフが並べた献上品を吟味しながら、地べたに綺麗な「ヤンキー座り」を決めていた。

 そのまま、お互いにメンチを切るような距離感で気さくに語り合う二人。


 しかし、ウラデュウス国王も、エリカも、ミュリエルも、コールも、全員が感情を失った虚無の表情でその光景を見つめていた。

 だが、ラルフの猛攻は止まらない。

 ダーク・エルフの長の興味関心も、止まらない。


「ハァっ? なにこれ、ただの魔石じゃん……って、え? なんか、光ってっし、んん? なんか、これ、めちゃめちゃいい匂いすんじゃん!」


「はぁ~? お前コレ、知らねーのかよ?! これ今、王国で、マジで! マジで流行ってっかんね? これ、爽やかサ◯デーだぜ? 知らねーの? うーわ、ないわー。ひくわー。我がロートシュタイン領の最新トレンドよ? マジでコレ知らないとか、長としてヤベーかんね?」


「えーーー?! そうなん?! マジかよぉ……。ウチの島、マジで田舎だかっさ〜。こういう最先端のトレンド回ってくんの、マジでおっせーんだよな……」


「あー。分かる〜。このへん、ドンキもなーんだから、そりゃあ無理だわ!」


「なにそれ? ドンキって? マジ気になるんだけど!」


「あ! そういあ、ウチの領地にもねーわ!!」


「なんだよそれっ?! 無いのかよ! ハッハッハッハー!!」


「ギャーハッハッハッハッハッハ!!」


 膝を叩き合って爆笑する、大魔導士とダーク・エルフの長。


 そんな、時空と文明を歪ませるような謎のやり取りを、延々と見せられている調査隊の面々。彼らの心は、もはや宇宙の心理に到達するほどの完全な空虚に包まれていた。


 まあ、百歩譲って、初対面の異種族とここまで完璧に意気投合したという結果だけを見れば、大大勝利なのだが。


 これがラルフの類稀な頭脳の成果なのか、高度な交渉術なのか、あるいは単に彼の中に眠る人知を超えた「何か」の暴走なのか……。


 確かに、血を流さずに済むという意味では、この状況は極めて好ましいのかもしれない。


 しかし。


 いかんせん、理解不能すぎるのだ……。


「いぇー、僕ら、もう、実質マブダチ〜?」


 ラルフが親指を立ててウィンクすると、長もまた、白い歯を見せて笑った。


「いぇー! オメェ、マジでいいヤツじゃん。ウチの最高のうたげやっけど、飯食ってく?」


「えー、マジでぇぇ? いいんすかぁ? あざーす! オーケーっすわ! オケ丸水産〜」


「ぷっ! なんだよ、それ?!! わけわかんねーけど、言葉のセンス、お前……マジ神っ!」


「「ギャーハッハッハッハッハッハ!!」」


 パンっ!!!


 ハイタッチを交わし、謎のグルーヴ感で盛り上がる二人。


 そんな彼らを遠巻きに見つめていた調査隊のメンバーたちは、一様に、深い、深いため息をつきながら、確信を込めて思った。


(あ……あいつ、酒に酔ってなくて、素であれをやってるのかよ……)


 ラルフの交渉力を尊敬すればいいのか、それともその底知れない精神の闇に呆れればいいのか、誰一人として答えを出せる者はいなかった。

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