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46.至高にいたる一歩

 居酒屋領主館の厨房は、開店前だというのに、すでに活気に満ちていた。ラルフは、フレデリック王子の前に中華鍋を置いた。


「まずはこの中華鍋を熱する。ドワーフの鍛冶屋特製の鍋だ。ガンガン使っても叩いても簡単にヘコみはしない。遠慮なく使いたまえ」


 フレデリックは、真剣な眼差しで中華鍋を見つめ、力強く答えた。


「はい!」


「近ごろは魔導コンロが普及してきたが、ウチは竈でやってる。しかし、この炎は《ファイヤーボール》の応用魔法を込めた魔石から出ている。この料理は火力が命だ」


 ラルフは、竈から勢いよく燃え上がる炎を指差しながら説明した。その炎の熱は、眼前のすべてを包み込むようだった。


「はい!」


 フレデリックは、ラルフの言葉を一言も聞き漏らすまいと、真剣に頷いた。


「まずは卵、一気にそして軽く混ぜる。白身と黄身が混ざりすぎない程度に。すかさず、飯! 分量が大事だ。味を均一にするように」


 ラルフは手本を見せるように、手早く卵を溶き、熱した中華鍋に投入した。ジュワッと心地よい音が響き、すぐにほかほかのご飯を加えていく。


「はい!」


 フレデリックは、その一挙手一投足を見逃すまいと、目を凝らした。


「良く混ぜる! 鍋をこういうふうにあおる。具材を躍らせろ! この時、肘は腰骨に付けるのがコツだ。腕力だけで振ろうとすると、すぐに腱鞘炎になったり、身体を痛める」


 ラルフは、軽々と中華鍋をあおり、ご飯と卵が宙を舞う。その華麗な手つきは、まるで熟練の職人のようだった。


「はい! 気をつけます!」


 フレデリックは、すぐにでも実践しようと、真剣な表情で返事をした。


「次に具材。まずはスタンダードに刻んだネギとオーク肉チャーシューだ。これも分量が大事だ。しかし、固定観念に囚われず、色々実験してみるのも良い」


 ラルフは、あらかじめ刻んでおいたネギとオーク肉のチャーシューを鍋に投入した。香ばしい匂いが立ち上る。


「はい! 励みます!」


 フレデリックは、その言葉に目を輝かせた。


「最後に調味料。塩、胡椒、そして最後にこの魚醤と、川海老とキノコで出汁を取ったスープを鍋肌にかけるようにして投入! 混ぜて混ぜて。全体がハルの毛色くらいになったら完成だ!」


 ラルフが説明を終えると、最後に鍋を煽り、チャーハンを器に盛り付けた。


「へっ?」


 急に自分の名前が聞こえてきたハルは、驚いて厨房の隅から顔を出した。出来上がったチャーハンは、確かにハルのふんわりとした毛色に似た、美しい黄金色に輝いている。


「さぁ、フレデリック君! 食べてみなさい」


 ラルフは、出来上がったばかりのチャーハンをフレデリックの前に差し出した。第八王子は目を輝かせ、スプーンを手に取り、一口。


「もぐもぐ。ああああ、やっぱり美味しい。あの晩餐会の時も衝撃でしたが、やはり出来立ては違いますねぇ」


 フレデリックは、至福の表情でチャーハンを頬張った。その素直な反応に、ラルフは思わず笑みがこぼれる。


「ん? そういえば、晩餐会の時って、国王さまが王子達が食べること許してないよね?」


 ラルフがふと疑問を口にすると、フレデリックは少し照れくさそうに答えた。


「はい。こっそり食べましたから」


 ラルフは、なんだか好ましい性格をしている王子だなぁと思った。


「まずは何回か作って慣れてみなさい。いくらでも作っていいぞ。孤児たちもいるし、メイドもいる。誰かしら食うだろ」


「はい! やってみます!」


 フレデリックは、すぐにでも実践しようと、竈の前に立った。


「で、開店したら、そこのカウンターに一番近い竈で、ひたすらチャーハンを作ってくれ」


 ラルフは、店のカウンターに最も近い竈を指差した。


「あの、オーダーが入ってからではないのですか?」


 フレデリックは、不思議そうに尋ねた。


「誰かしら絶対に注文するだろ」


 ラルフは、ニヤリと笑った。彼の言葉には、彼の作る料理への絶対的な自信が込められている。


「はい! 頑張ります!」


 フレデリックは、その言葉に迷うことなく、力強く答えた。


「じゃあ。よろしくぅ」


 ラルフは、そう言ってフレデリックの肩を軽く叩いた。


「フレデリックさまは、ひたすらにチャーハン担当なのですか?」


 アンナが、ラルフの横に立って尋ねた。


「ああ。言ってたろ? チャーハンが作りたいって」


「しかし、色々作れるようになって頂いた方が良いのでは?」


 アンナは、フレデリックの将来を心配しているようだった。


「まあ、それもわかるが。彼には、チャーハン一点特化型のチャーハン職人になって貰おうとね」


 ラルフは、楽しそうに答えた。


「チャーハン職人……」


 アンナは、その言葉を反芻した。


「そればっかりやってれば、すぐに僕より美味いチャーハンを作れるようになるだろ。それはつまり、この世界一のチャーハン職人が誕生するってことさ」


 ラルフの言葉には、確信がこもっていた。彼の手によって、また一人、新たな「職人」が誕生しようとしていた。


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